2008年7月22日 (火)

イラク、アフガン作戦派遣の自衛隊員に何があったのか

イラクの人道復興支援や、アフガン作戦の海上給油に派遣された自衛隊員が、昨年10月までに35人も亡くなっている。半数は帰国後の自殺だ。病死も多い。戦闘をしなくとも、激しい恐怖が心身を蝕んでいたのだろう。

21日の産経新聞によると、政府・与党はアフガニスタン本土での新たな米軍支援活動を検討していたが、断念したようだ。現地の治安悪化があまりにも深刻だという。

いかに屈強に見えても、若い自衛隊員の心は思ったより脆い。食べる心配も、命の危険もほとんど感じない環境で育ってきたのだ。イラクやアフガン行きは、災害救助など国内の活動とは次元の違う任務だ。

陸上自衛隊が駐屯したサマワは「非戦闘地域」とされていても、武装勢力による襲撃の恐れは常にあった。いかに訓練していても、実際に命の危険をともなう場所に身を置くことは、異常な緊張を強いられる。

しかも、サマワ郊外でも、米軍が劣化ウラン弾を使用したことが明らかになっている。劣化ウランが燃焼し、飛び散った微粒子が環境を汚染すると、被曝や毒性による人体への悪影響が懸念される。当然、こうしたものへの恐怖感がなかったとはいえないだろう。

自衛隊員35人の死は、国会の公文書に記載されている事実だが、意外に知られていない。昨年11月30日に提出された社民党、照屋寛徳議員の質問主意書に対する政府答弁を下記に要約した。

「テロ対策特措法、イラク特措法に基づき派遣された隊員のうち、在職中に死亡した者は、陸・海・空の自衛隊で、合計35人。うち16人が帰国後に自殺した。自殺場所は自衛隊施設内が5人、それ以外が11人。このほか、病死7人、交通事故6人、転落1人、溺死1人、その他不慮の事故2人、死因不明2人である」

事故死はともかく、気になるのは自殺と病死の多さだ。病死の場合、病名が公表されていないので、伝染病なのか、劣化ウランが関係しているのか全く分からない。いずれにせよ、派遣された当時は人並み以上に元気だった人たちだ。年齢からみて急死といえるだろう。

自殺者の場合は、異常なストレスからうつ状態になったことが考えられる。アメリカでもイラクから帰還した米兵の3割が心的外傷後ストレス障害(PTSD)など精神疾患の症状を訴えたという報道があった。

なぜか自衛隊員に多重債務者が多いことも気にかかる。それがうつ病につながるケースもあるようだ。外地で長期間、強いストレスを受けたあげく、帰国して誰にも相談できないまま多重債務に苦しむようだと、精神的に参ってしまうかもしれない。

イラクから元気に帰国し、家族と喜びの再会を果たした自衛隊員のその後に、過酷な運命が待ち受けているとは、テレビを観ている限りでは想像もできないことだった。

35人もの自衛隊員の死は、筆者の知る限りではマスメディアに報じられることはなかったように思う。

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月20日 (日)

長銀事件の真犯人は誰だ

旧大蔵省と、いわば“共同正犯”で不良債権隠しをしていた旧日本長期信用銀行。

ある日突然、責任逃れを画策して大蔵省が「不良債権判断」を厳しい方針に転換したが、当時の頭取、大野木克信らは新ルールに対応できず、結果的に粉飾決算の首謀者という烙印を押された。

18日、最高裁で逆転無罪を勝ち取ったものの、10年前とは別人のように大野木の体は痩せこけていた。

長銀破綻の真犯人は何か。結論から言うと、旧大蔵省の護送船団行政と、“箸の上げ下ろし”まで大蔵省の意向を伺うような風土を許容し、銀行マンとしての本来の気概を持たなかった長銀の二人の「ドン」であろう。

そもそも、ある時期から長銀の存在理由は失われていた。高度経済成長期には重厚長大産業の支援に大きな役割を果たした。しかし大企業の資金調達が間接金融から直接金融へシフトするにつれ、存立基盤が危うくなった。

1971年から89年まで頭取・会長を務めた杉浦敏介(故人)は生き残りをかけ新興企業への融資にシフトした。もちろん、大蔵指導のもとにである。この杉浦と、後任の頭取に就任した堀江鉄弥の「イ・アイ・イ・インターナショナル」グループへの過剰融資が、長銀の命取りとなったのである。

長銀を潰した男といわれる「イ・アイ・イ」の総帥、高橋治則と長銀が取引を始めたのは1985年のことだった。高橋はバブル期に、国内外のホテルやゴルフ場などの買収を繰り広げ、ピーク時のグループ総資産が1兆円にのぼった。「リゾート王」ともてはやされ、自家用ジェット機で世界を飛び回る姿がテレビなどでも紹介された。

さきごろ手形詐欺事件で収監されたヤメ検弁護士、田中森一は高橋と親交があった。彼の著書「反転」には、長銀から湯水のごとく融資を引き出して破綻させたという定説は、実態と異なると書かれている。

「新規融資の分を振り込んでおきました。自由に使ってください」と長銀の担当者から電話がかかってきて「使い道に困る」と高橋がこぼしていたという。田中は、高橋の事業は長銀との二人三脚だった、と断言する。

高橋が、理事長だった東京協和信組の背任事件で逮捕されたあと、堀江頭取は国会の証人喚問で「イ・アイ・イ」への管理責任を厳しく追及され、マスコミの非難を浴びて辞任。そのあとを継いで頭取になったのが大野木だった。

大野木は「外部環境の変化に対応できる銀行」への脱皮をめざし、護送船団からの離脱とも思える挑戦に打って出る。その最大の戦略はスイス銀行との対等な資本提携だった。97年7月、都内のホテルで大野木と、スイス銀行側の幹部がそろって記者発表したとき、長銀関係者は「これで生き残れる」と胸をなでおろしたことだろう。

このあと、大蔵省の方針変更が長銀の行く手を阻んだ。大蔵省はそれまで、銀行が関連会社と称するペーパーカンパニーに、含み損をかかえた債権を移すいわゆる「飛ばし」を認めてきた経緯があった。債務者が銀行の積極支援先であれば倒産はないとみて、「破綻懸念先扱い」しないという理屈を通してきた。

ところが、98年4月から早期是正措置を導入、6月から金融監督庁を新設するなど対策強化の流れを見越し、銀行との共同責任の追及を免れるため、大蔵省は98年3月期から「積極支援先でも破綻の可能性が大きければ、破綻懸念扱いとする」とルール変更したのだ。

大野木は困惑した。金融当局の新方針に合わせると、財務の数字が一気に悪化し、無配に転落してスイス銀行との提携による2000億円の資金調達が困難になる。悩みぬいた末の決断は、配当を維持するという選択だった。これが、粉飾決算事件につながっていく。

結局、長銀は経営危機がマスコミに報じられ、みるみる株価が急落、98年10月、成立したばかりの金融再生法により一時国有化された。投入した公的資金は約7兆9,000億円にのぼった。

その後、旧長銀は外資系投資ファンド「リップルウッド」が10億円という破格値で買収。自己資金1200億円を投入し、新生銀行として2004年2月19日に上場、2200億円を稼いだことは周知の通り。これ以降もいわゆる外資の「ハゲタカファンド」が続々と上陸して、獲物を探し当てては買収を繰り広げた。

大蔵省・銀行護送船団の読み違いは、土地などの資産がいずれ上昇に転じるという幻想に囚われ、不良債権処理を先送りし続けたことにある。

個々には優秀な人材が揃い、一つ一つのアイデアが素晴らしくても、集団になると何ごともまとまらず、進むべき方向が見つからないまま「みんなで渡れば怖くない」状態となる。

「問題先送り」は政官界の特質の一つだ。民間企業でそれをやっていたら、潰れるのは時間の問題だろう。


                        (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年7月18日 (金)

経済急ブレーキの中国と、不安だらけの五輪

三週間後に迫った北京オリンピック。観戦ツアーの売れ行き不振に旅行会社が焦り、環境や食事を心配した選手団は合宿を直前まで日本や韓国でおこなう日程を組むなど、開催前から神経をすり減らしている。

選手村の食事のレシピも、日本人の口には合わないようで、そのうえ空気は汚れ、水や電力不足の問題もあって、とにかく「何が起こるかわからない」。競技より、大会中のストレス対策のほうが大変かもしれないのだ。

五輪の成功を至上命題としてきた中国だから、なんとしても恰好はつけるだろうが、問題はそのあとだ。これまで中国の景気を後押しした五輪需要がなくなるのだから、反動が怖い。現に「五輪後の個人消費が心配」という声が、外資系スーパーの関係者から出ている。

今朝の日経新聞によると、中国国内の大手スーパー各社の売上は前年比10%増で推移しているが、これは物価上昇によるもので客数は伸び悩んでいる。すでに米国のサブプライムショックで輸出は大きく減速、株価の大幅下落もあって、今後の頼みのツナ、個人消費もアテにならないとなると、成長に急ブレーキがかかってしまう。

北京五輪は、多くの中国国民にとって長い間待ち焦がれた夢のイベントであり、かつて日本人が東京オリンピックに熱狂したのと同じ興奮が会場を包むだろう。

しかし、決定的に違うのは、「世界で一番成功した社会主義国」といわれた“一億総中流”時代の日本で東京五輪は開かれたということだ。お茶の間にテレビが普及し、大半の国民が希望と夢を抱いてオリンピックを楽しんだ。

今の中国は数字の上では、目覚しい成長を続けているが、実態は数パーセントの国民が富の半分を独占し、多くの人々が失業と貧困にあえいでいる。「共産主義の理想」と真反対の状況だ。

国内のあちこちで、行政や司法に対する不満が噴出し、毎月数百万人がデモや騒乱に加わっているといわれる。

北京には、地方から中央政府に直訴する人の流れが押し寄せ、野宿したり簡易宿舎に泊まって、政府関係者との接触をはかる機会をうかがっている。しかし、五輪を前に、騒乱や抗議行動の芽を摘み取るため、直訴者を警察が根こそぎ摘発し地方に送り返しているのが実情だ。

オリンピックの興奮からさめた中国に、経済の減速という現実と、不満や怒りだけが残るとすれば、胡錦濤の指導体制が揺らぎはじめる懸念も払拭できないだろう。

今後の中国は経済、政治リスクが顕在化する可能性が高い。世代の交代がもたらす社会変化も将来的にはあるだろう。

産経新聞の伊藤正中国総局長は、「80後」と呼ばれる1980年代生まれの世代の特性を「一人っ子政策の申し子で、国家や社会への使命感が希薄だ」と書いている。

男女関係が乱れ、ひ弱で、犯罪も多い。西側文化の影響が濃厚で、お上や親からの干渉を嫌う。こういう若者の傾向は日本も共通する。

「青年達はネットを通じ、情報統制の壁を破り価値観を共有、しばしば批判の矛先を党や政府に向ける」とも伊藤は指摘する。

グローバリズムとネット社会は、人間の感性の共通化も進めるだろう。翻訳ソフトがある程度のレベルにまで発達すれば、世界中がネットでコミュニケーションできる。そういう時代になると、独自の国家体制の維持はますます難しくなる。

                       (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月17日 (木)

日本が支援したロシア革命、最後の皇帝いまだ名誉回復ならず

そろそろニュースが夏枯れなので、今日は何を書こうかと迷ったところに、産経新聞モスクワ発の記事が目に留まった。

帝政ロシア(ロマノフ朝)最後の皇帝、ニコライ2世がロシア革命後に銃殺されて90年目にあたるが、その「名誉回復」は、ソ連解体17年後の今もなされていないという内容だ。「レーニン崇拝」の歴史観が、それを阻んでいるという。

この記事にこだわらず、ソ連の建国者レーニンと、ロシア革命と、日本との関係史を振り返るとき、それぞれに絡み合った不思議な因縁の糸を感じずにはいられない。

1904年2月、日露戦争の開戦直後、一人の日本人が、亡命中だったレーニンのジュネーブの自宅をたずねた。明石元二郎という。階級は大佐だった。

彼は山縣有朋の密命を帯びていた。当時のロシア情勢やレーニンらの活動からみて、早晩、ロシアに革命が起きることを予測し、資金援助を申し出たのだ。もちろん、ロシア国内が混乱することが、日本の国益になると判断したからである。

明石はレーニンを説き伏せ、ロシアに送り込んだ。同時に、反政府勢力をたきつけて、血の日曜日事件、戦艦ポチョムキン号の反乱などを起こし、日露戦争を有利に運んだ。

日本はこれ以前の1902年、東アジアにおけるロシアの南下を恐れるイギリスと日英同盟を結び、開戦への態勢を整えていた。今と違い、当時の日本の情報や外交の戦略がしたたかだったことがうかがえる。

レーニンの革命を支援し、ソ連誕生に一役買った日本が、日露戦争勝利から40年後、中立条約を破ったソ連によって、南樺太・千島列島、満州国への侵攻を受けたことは、歴史の皮肉である。

実質的に「プーチン王朝」といえる現在のロシアと日本も、摩訶不思議な関係だ。

北方領土を返さず、英蘭シェルとの共同開発石油・ガス田「サハリン2」の経営権を横取りしたロシアを、日本人の大半が嫌っている。ところが、60%をこえるロシア人は「いい商品つくる日本が大好き」だという。

資源の値上がりで急に金持ちになり、空前の消費ブームに沸いているロシア国内で、実質的な支配者、プーチンの人気は衰えを知らない。

その一方でプーチンには言論弾圧や強権的な政治姿勢が目立ち、「ソ連時代を評価する歴史観」によって、時計の針を逆戻りさせている面もある。ソ連の秘密警察的な体質がいまだ色濃く残っているのだ。

ロシア専門家の滝沢一郎は「ロシアの選挙は中央選挙管理委員会のなかで票の書き換えがおこなわれている。はじめから当選者が決まっているから国民は選挙に関心を失っているんです」と指摘する。

カタチだけの選挙でも、フトコロが温かいと文句が出ないらしい。

話はもとに戻るが、ニコライ2世はロシア正教から「聖人」に認定されているという。にもかかわらず、ニコライ2世の末裔が求める名誉回復の訴えを裁判所は却下した。

「レーニン崇拝」を掲げるゆえに、「聖人」さえ、名誉回復させられない。その事実が今のロシアの抱える複雑さを垣間見せている。

                     (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年7月16日 (水)

日歯連の政治活動の犠牲になった村岡兼造

「理不尽な、暗黒裁判だ」。元内閣官房長官、村岡兼造の怒りはもっともである。日歯連の1億円ヤミ献金事件にかかわった4人の大物政治家のうち、村岡だけがただ一人起訴され、最高裁の上告棄却で有罪が確定した。これは、どうみてもおかしい。

「あんなもの冤罪だよ」「スケープゴートにされたんだ」。永田町界隈でも村岡に同情する声が多い。

日歯連。正式には政治団体「日本歯科医師連盟」。5人の国会議員を送り込むと同時に、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に、年数億円の献金をしている。

社団法人「日本歯科医師会」と実質は一体の組織で、入会した歯科医は自動的に、連盟にも加入する仕組みだ。日歯連の会費が年約3万円、会員は約6万人といわれるから、年間18億円前後の巨額資金を動かすことができる。

自民党有力派閥へのヤミ献金は常態化していたと推測されるが、たまたま2001年7月の一件が表に出た。当時の日歯連会長、臼田貞夫と自民・平成研究会の橋本龍太郎、青木幹雄、野中広務が同席した会合で、橋本が1億円の小切手を受け取った。この場にいなかった村岡ただ一人がなぜか、2004年9月に起訴された。

平成研の会計責任者だった滝川俊行の「1億円をウラ金として扱うことを会長代理の村岡が決めた」という証言のみが根拠になった。

野中との確執があり、落選して政界での力を失っていた村岡を検察に差し出して、あとの三人は罪を逃れるという政治工作が、容易に推測できる。

「自民党をぶっ壊す」とうそぶいた小泉純一郎がいくら橋本派の弱体化をはかったとはいえ、さすがに自民党の屋台骨が揺らぐほどの事件にはしたくなかっただろう。

おそらく小泉は、党の大物3人の描くストーリーを黙認し、捜査を恐れる彼らの首根っこを押さえることにより、政権運営を有利に運んだと思われる。

ところで、国から補助金をもらっている公益法人が、同じ事務所に政治団体をつくり、歯科医師会の利益をはかるために、議員を立候補させたり、政党に巨額の献金をするというのはいかがなものだろうか。

しかも、歯科医師が支払う会費は、もとはといえば保険料や税金が7割を占める診療収入から出たものである。いわば公のカネを、私的な政治目的に使っているのだ。

公益法人として、補助金を受けながら多額の政治献金をおこなっている業界団体は多い。例えば、日本鉄鋼連盟や、目本電機工業会、日本自動車工業会などだ。公的資金を政界へ還流させて業界に有利に取り計らってもらっている、と受け取られても仕方がない。

日歯連の議員は参院の石井みどり、関口昌一、島田智哉子 大久保潔重と衆院の新井悅二だ。民主党の大久保を除く4人が自民党に所属している。

政党が圧力団体との癒着やカネの関係を断つ気があるのなら、少なくともヤミ献金で問題を起こした団体からの候補者を公認すべきではないだろう。

                        (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


 


2008年7月15日 (火)

「植民地支配」で覆い隠す歴史の真実

憂鬱な気分である。中学の学習指導要領解説書に「竹島が日本の領土であることの理解を深めさせる」との記述を盛り込んだことで、韓国側が猛反発している。

昨日のブログへのコメントで、「韓国は明確な“敵国”でしょうね。中身のない薄っぺらなブログですね」とご批判をちょうだいした。

薄っぺらいのは百も承知だが、韓国を「敵国」とは思いたくなかった。保守派で「経済重視」の李明博が大統領になり、最悪だった日韓関係が改善することを素直に期待していたからだ。

しかし、これまで日本人として、韓国の対日姿勢に怒りを感じないわけではなかった。韓国の歪められた歴史教育が、反日意識を戦後世代に刻み込み、両国の間に、埋めようのない深い溝をつくってしまった。これは日韓国民にとって不幸なことだ。

戦前の日本を全否定する偏った歴史認識に、日本の一部マスコミが加担するという構図はいまも変わらない。

今朝の朝日新聞社説には「竹島」(独島)問題について、以下のような記述がある。

「日本が竹島を島根県に編入した1905年は、日本が韓国から外交権を奪い、併合への道筋を開いた年だ。竹島は、日本による植民地支配の象徴とされている」

「植民地支配」というひと言が、日本の力を頼って韓国が近代化を進めた事実を覆い隠すのである。

商工業を軽視し、敵の侵入を恐れて道もつくらない李氏朝鮮時代、人々は貧しく劣悪な生活環境で暮らしていた。日本が日清戦争に勝利し、清国の冊封(属国)から独立した朝鮮は1897年、大韓帝国(韓国)となり、以後、日本の影響下におかれた。

日露戦争に日本が勝利したことから、国際派政治家として頭角を現していた李完用は親日路線をとり、1910年、日韓併合条約に調印した。李完用は今の韓国で「売国奴」扱いされている。

日韓併合で、道路や鉄道や工場ができ、経済発展への道筋がつけられた。何千校の学校ができ、ハングルと日本語の教科書で教育が進められた。

韓国の加耶大学、崔教授の著書「日韓併合」によると、李氏朝鮮時代の1777年に1804万人だった人口は1910年に1313万人まで減っていたが、日韓併合から32年後の1942年には2553万人に増えている。工業化と貿易で経済が発展し、餓死者や疫病などの死者が減ったことが大きな要素として考えられる。

崔教授は「日韓併合によって、韓国は近代化できた。もし日韓併合がなければ自力でやっているという意見があるが、それは通用しない。李氏朝鮮時代には勤勉に働く人間がいなかった」と指摘する。

日本統治下のこうしたプラスの側面は一切、韓国の歴史から抹消され、日本人は「極悪非道の民」とされてしまった。

反日教育に洗脳された国民が多数を占める以上、李明博大統領によって対日政策が大きく転換するというのは、たしかに幻想に過ぎないかもしれない。

日韓基本条約締結直前の1965年1月、両国首脳は、竹島を自国の領土とすることを互いに黙認する密約を交わしたとされている。いつの間にかこの約束が破られ、日韓の不毛な対立を生み出している。

政権維持に「反日」を常套手段として使ってきた歴代の韓国大統領と同じように、窮地に立った李明博もまた、今回の「竹島」問題をきっかけに、これまでの親日的な姿勢を捨てる可能性はある。

しかし、はたしてそれが韓国の将来にとって有益だろうか。韓国側が騒げば騒ぐほど、日本における対韓感情は悪化するだろう。日韓基本条約締結後、日本からの資金で韓国経済が飛躍的な発展を遂げたことを忘れるべきではない。

                  (一部敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月14日 (月)

観光中の自国民が射殺されても、気迫ある抗議ができない韓国の実情

これは一種のテロではないのか。北朝鮮の海岸を、金剛山観光に来ていた韓国の女性が散歩中、警備兵に銃撃され死亡した。

事件の状況は北朝鮮当局の発表によるしかない。真相は永遠の謎のなかに封印されるだろう。「フェンスを乗り越え立入禁止区域に入った女性を、警備兵が呼び止めたが、逃げ出した」という説明は、銃撃の理由として納得できるものではない。

朝鮮日報によると、事件当日、金剛山には韓国の観光客1300人がいた。付近を行き交う人が韓国人観光客であることを、北朝鮮の軍人は承知していたはずだ。早朝の薄明かりとはいえ、武器を持たない女性であることは確認でき、銃撃する必要など何一つなかった。

ならば、警備兵個人の精神錯乱か、それとも何らかの意図をもっておこなわれたのか。おそらく後者だろう。海岸を一人で歩いている無辜の人間をターゲットにする、というやり口は、日本における一連の拉致事件を思い起こさせる。

政治的意図があるとすれば、韓国大統領、李明博に向けられたものだろう。北朝鮮は、韓国内の親北左派勢力の動きにより、李明博に間接的に激しい揺さぶりをかけている。

BSE問題に乗じて、韓国進歩連帯、韓総連、南北共同宣言実践連帯などの親北左派団体が大規模な反政府デモを主導し、李大統領が謝罪に追い込まれたことは、現時点における韓国の対北政策の難しさを物語っている。

金剛山の女性射殺事件で、北朝鮮が強硬な姿勢を示し、韓国の反発に気迫が感じられないのは、そういう背景が影を落としていると思われる。

北朝鮮当局は「事件の全責任は韓国にある」とし、謝罪を要求しているが、これではアベコベである。本来、謝罪を要求すべき立場の李大統領は「到底理解できない」として、真相の徹底究明を指示したのみ。どうやら韓国は大きな外交問題にしたくないようだ。

金大中、盧武鉉の10年間で、韓国社会の各界に、左派勢力が浸透している。経済の悪化により、昨年末、李明博の保守政権が誕生したものの、あまりにも性急な経済浮揚の要求に応えられず、悪戦苦闘しているのが現実だ。

「同一民族」のシンパシーに訴えかける金正日総書記は、この状況を利用し、38度線の向こうから、李明博に強いプレッシャーをかけ、李政権の「囲い込み」あるいは「追い込み」をはかっているようにみえる。

テロ支援国家指定解除を急ぐアメリカに見捨てられ、韓国も身動きがとれない状況で、六カ国会議にのぞんだ日本は孤立の様相を深めている。韓国を含む各国は重油95万トン相当のエネルギー支援に向けて米朝のシナリオ通りにコトを進めようとしている。

本来なら、何の罪もない女性観光客を軍人が射殺するという今回の事件で、韓国政府は支援への動きをストップするべきだ。日本との“共闘”があり得るはずだ。

「拉致問題が進展しない限り、支援に加わらない」と主張する日本に歩調を合わせ、同じように拉致問題をかかえる韓国も「拉致問題と射殺事件の解決がない限り、支援はしない」と宣言すべきではないか。

北朝鮮の核計画申告や核施設の無能力化が欺瞞に満ちたものになることは、米国のヒル国務次官補がいちばん知っているはずだ。

彼は親しい友人に「北朝鮮は悪魔だ。最低だ」と漏らしたと聞いている。人間としての良心より、「交渉成立」を優先させる姿勢が、六カ国協議の虚しさを生んでいる。

このまま北朝鮮の思惑通りに進めば、無慈悲な銃弾の犠牲になった韓国女性は浮かばれない。

                       (一部敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年7月13日 (日)

石原都知事の傲岸不遜に隠された孤独の影

スペインの「サラゴサ国際博」に皇太子殿下と同行する森喜朗元首相は、石原慎太郎都知事から頼まれていることがあった。

石原が異常なまでに執念を燃やす東京へのオリンピック招致。その運命が決定する来年10月の国際オリンピック委員会(IOC)総会に、日本の皇室から皇太子が出席すれば、シカゴなど他の候補都市に差をつけられる。

そう考えた石原は今月はじめ、首相官邸に出向き、福田首相や森元首相に、「皇太子の意向を打診して欲しい」と要請した。このニュースに、皇室の政治利用だと批判する声が上がった。

前代未聞の話に困惑したのはもちろん宮内庁である。野村一成・東宮太夫は森に「オリンピック招致の件は殿下に話さないでいただきたい」と懇願した。

それを、定例記者会見でTBSの記者から聞いた石原は烈火のごとく怒った。

「宮内庁ごときが出てきてだな、こんなこと言うのは僭越の限りだ」

「僭越」という言葉は、そっくり石原に跳ね返るのではないか。この人の心の構造については思うところがあるので、後述する。

いずれにせよ、石原がすごいのは、東京に再びオリンピックを呼び込むためなら、国民は皇太子を担ぎ出すことに賛成のはずだと、勝手に決め込んでいることだ。

都民、あるいは国民がそんなにオリンピックを渇望しているだろうか。

オリンピックにかけるカネは、施設建設や大会運営費だけではない。五輪開催をを名目に総額7兆円もの公共工事をもくろんでいるといわれる。

東京五輪基本構想懇談会は「この国を立ち直らせ、世界に存在感を示す」と答申している。

まだ飽き足らずに日本の富を、東京に集中させるつもりなのだ。それで「この国」が本当に立ち直るだろうか。疲弊した地方が再生できるだろうか。医療や福祉が蘇るだろうか。

東京は全国の優良企業が集結しているがゆえに今の繁栄がある。石原が知事をつとめているおかげではない。おそらく、東京はあまり行政が要らぬことをしないほうが、民間の力で発展し続けるだろう。

ところが、なぜか石原は要らぬことをして、都民を困らせるのだ。思いつきで銀行をつくったものの、シロウトの乱脈経営で倒産状態に陥ると、「経営陣が悪い」と責任転嫁して、税金を無駄に投入し続ける。

かつては北京五輪ボイコット論をぶっていたのに、昨年4月、東京都知事に三選されてからは、北京にすり寄る姿勢に転じた。北京五輪組織委員会が石原を開会式に招待したのもなにやら胡散臭さを感じる。

中国側は「石原氏の狭いナショナリズムの考え方を変えさせ、中日両国の友好関係の強化と発展に役立つものである」と招待の理由を述べ、石原は「東京五輪のために、北京の開会式を参考にしたい」ともっともらしい言い訳をしている。

ときどき、思うことがある。石原慎太郎とは何者か。1956年の芥川賞を受賞した「太陽の季節」は、第1作目が当たったという稀にみる幸運なケースだった。このあと、彼の小説が進化したと言う人がいるだろうか。

1968年の政界への転身は、小説家としての限界を悟ったからではないかと筆者は想像している。流行作家であり続けることは至難のワザである。

彼が傲岸不遜な態度をとり続けるのは、有り余る才能と自尊心に満ちた心の底に、激しい“コンプレックス”が存在するからではないか。

若くして時代の寵児になったゆえに、人知れず抱き続ける苦悩がある。

輝かしい位置から滑り落ちる恐怖。他人はみな自分の地位を脅かす競争相手に見える。才能の輝きや、人格の厚みを感じる人物との出会いは、喜びの半面、激しいコンプレックスと嫉妬の地獄に自分を突き落とすものともなる。

衆院議員を辞めた真の理由も、案外そのあたりにあるかもしれない。人望がないことに気づいたのかどうか、少なくとも権力の頂上には決して登れないことを自覚したのだろう。

自民党総裁選に出て敗れ、いまひとつ実績は残せないままに国会を去り、人生の最終章が近くなって得たトップの座が都知事だったのだ。彼にとっては東京オリンピックこそ知事としての金字塔なのだろう。

「宮内庁ごときが僭越だ」と言うその無礼千万な言葉の背後には、尋常ならざる「孤独の影」が感じられる。

                       (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年7月11日 (金)

官僚も教師も、落書き女学生の「謝る心」を学べ

悪いことをしたら素直に謝る。それが昔から教え込まれてきた日本人の精神だ。

フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に落書きした日本の女子学生が、現地を訪れて謝罪したことが、イタリア人の心に響いているようである。

「文化を大切にする日本人の意思と厳しい態度に考えさせられた」とフィレンツェ市の副市長が語ったという。

イタリアの街はバスも、電車も、建物も落書きだらけだ。イタリア人の大らかさなのか、これに対する当局の態度は寛容だった。ところが、遠い日本で落書きが問題となり、新婚旅行中に落書きした高校野球部監督が厳重処分された。

イタリア人は驚いた。同じ歴史と伝統文化のある国だが、日本人はこれほどにまで潔癖なのか。日本からもたらされたニュースに現地メディアは飛びついた。「文化遺産を汚したことを恥じる日本人の心に学ぶべきだ」。そんな論調が広がった。

過ちは誰にでもある。避けがたいことだ。しかし、気がつけば訂正し、反省し、心をこめて謝ればいい。必ず人の心を打つはずだ。謝ることは恥ではない。

残念なことに、日本には謝ることを恥と考えて、「無謬性」という牢獄にとらえられたままの人たちがいる。「官僚村」の住人たちだ。

諫早湾干拓事業は、明らかに国の政策の誤りである。戦後、食糧増産という必要性から計画されたが、やがて減反政策で不要になった。それでも、公共工事を待ち望む利害関係者のために、畑の水源確保、そして防災へと目的を変更して事業を強行した。

その結果、有明海という豊饒な海の生態系は危機に瀕し、潮受け堤防に隔てられた漁業従事者と農業従事者の利害対立を生んだ。当初計画の二倍、2,533億円の巨費をつぎ込んだ結果がこれだ。

佐賀地裁が排水門の開門を国に命じた判決を不服とし、農水省は控訴した。これは泥沼化への道に過ぎない。控訴反対の姿勢を示した鳩山法相を納得させるため、開門したらどんな影響が出るかを評価する環境アセスメントの実施を打ち出しているが、苦し紛れの方策に過ぎない。

潔い日本人なら、こういう姑息なことをせず、まず国の誤りを素直に認めるべきである。

1997年、潮受け堤防からギロチンのように閉鎖板が落ちて諫早湾を分断した。このような自然破壊工事を許した当時の首相は橋本龍太郎、農水相は藤本孝雄である。

その後、2001年に武部勤農水相は、環境破壊の現実を認め事業の抜本的な見直しを表明したが、その退任を待って、農水省は再び事業を推進した。

「動き出したら止まらない日本の公共事業」。そこには、時代や事情がどう変わろうと、その現実から目を背け、「計画者の判断」を正当なものとして受け継いでいく「官僚村」の掟がある。

閉ざされたムラ社会で、上下関係だけを大切にしていくという点では、学校の先生たちの世界も同じだ。教師、校長、教育委員会。そのタテ社会で、お付き合いをひたすら大事にしていく。

そして、いつの間にか「教師村」の子弟ばかりが仲間に入ることを許されるシステムが出来上がる。そこに、おカネや、議員の口利きが効果を発揮する余地が生まれる。

教育関係者が汚職で逮捕された大分県は、日教組の組織率が全国でもトップクラスだと聞く。傘下の大分県教職員組合は教育長に「先生は皆悪いとされれば現場は心外。県教委の姿勢を改めて頂きたい」と抗議文を手渡したという。

事件の当事者と組合との関わりがあるかどうかは知らないが、全て県教委の責任にする姿勢にも疑問を感じる。少なくとも教師のモラルの問題である。自分たちには関係ないということでいいのだろうか。

教職員の組合として、他人事と考えず、「これを機に、教師みんな襟を正そうではないか」と呼びかけるくらいのことをしてもいいのではないか。

冒頭の「間違ったことをしたら潔く素直に謝る」という精神こそ日教組の言う「生きる力」にもつながるはずだ。研修や話し合いを通じ、そういう子供たちを育てる教師をどんどん世の中に送り出していただきたい。


Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月10日 (木)

福田援軍を自任する加藤紘一「金正日礼賛」発言の波紋

霧の洞爺湖で、福田首相は河野雅治外務審議官に電話をかけ、言葉のパズルに、苦心惨憺していたようだ。

そうして出来上がったのが、参加首脳みんなが合意できる文面だが、理解困難な文章の謎解きをやらされる一般人はたまったもんじゃない。

サルコジにソデにされ、ブッシュには「プライムミニスター」と呼ばれるだけ。ブッシュの頭の中にある日本の首相はいつまでも「コイズミ」らしい。

世界の政治課題がとりあげられるなかで、チベットや北方領土は少しも出てこない。やたらと目立ったのが、首脳たちが笑顔をふりまいた記念撮影であり、目立たなかったのが福田議長のリーダーシップだった。

この間、一人の政治家が、BS11の対談番組で福田首相の外交手腕を絶賛していた。加藤紘一である。対談相手のお笑いタレントに語ったことを、再現してみよう。

「盧泰愚(盧武鉉と間違えている)ね、そう李明博の前の韓国の大統領、彼が政権の最後に平壌に金正日に会いにいくとき、福田さん電話してるんですよ」と、加藤の福田評がはじまった。

「金正日によろしくって言っといて、とね。そしたら、盧武鉉が帰ってきて福田さんに、言っといたよ、という対話を電話でやってるんですね。そういうチャンネルを福田さんは持ってるんですよ」

拉致被害者のご家族の心情が思いやられる。元外務官僚の「ホンモノの外交とはこんなもんです」という傲慢な部分が出ているのだが、本人はそれに気づくデリカシーがない。

さて、問題はここからである。平成14年秋の小泉訪朝後、官房長官だった福田が「いったん拉致被害者を北朝鮮に返すべきだ」と主張したことに話が及んだ。

加藤は「福田さんが正しい。国家と国家の約束だから」と言い出した。話の方向は安倍批判へと向かった。安倍は加藤の盟友、山崎拓を「百害あって利権あり」とこき下ろしている。

「安倍さんらが返すべきでないと言い、返さなかったのが日朝問題を打開できない理由だ。一度返して、また来てくださいと言ったら、何度も何度も交流していたと思う」

そして「返したら殺されるという考えがあった。そこは外交感覚の差ですね」と、安倍外交の稚拙さを強調した。

この対談の中で、筆者が加藤という人物に脅威をおぼえた以下のような発言があった。

「小泉さんが平壌に行ったから、天皇みたいな地位の人が“拉致は親の代のことだけど、ごめんなさい”と謝った」

小泉訪朝の成果は別として、この加藤の言葉に明らかに“金正日礼賛”ともとれるニュアンスを感じないだろうか。

「天皇のような立場の人が、本来謝る必要のない件で、謝った。小泉首相がわざわざ来たから、それに応えた。金正日は誠実な人なのだ」。そう彼は言いたいとしか思えない。

「拉致被害者家族会」と「救う会」が「加藤氏に強い憤りを覚える」と抗議声明を出したのは、当然のことだろう。

抗議文は、加藤の見解に、以下のように反論している。

「5人が北に戻されていれば、“自分の意思で戻った”と言わされたあげく、“拉致問題は解決済み”という北朝鮮側の主張に利用されたであろう。その上、5人はこれまで以上に不自由な監視下に置かれたであろうことは、少しでも外交感覚のある人には明らかである」

加藤のように金正日を信頼する人物に、拉致被害者と家族の考えは届かないかもしれない。

                         (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年7月 9日 (水)

「世界遺産」登録数は限界に近い

「観光」で食べている人たちが「世界遺産」というブランドを欲しがることは分からないでもない。石見銀山は昨年指定されたとたん、以前の30倍の観光客がつめかけたという。

ブランド好きは世界共通だ。個性の時代といわれて久しいが、むしろ情報化が進むほど、独自の文化的尺度を持った人が少なくなっているように感じる。選択肢が多すぎて、権威のお墨付きなしには手を出せないのだ。

「平泉」はそのお墨付きが得られず、世界遺産への登録が見送られた。「石見銀山」の価値より、劣っているとは思えない。有名な中尊寺の金色堂はもとより、復元された浄土庭園の景観には、京都や奈良にも見られない趣がある。

しかし、「人類の普遍的価値」として、浄土思想とそれにもとづく美意識を、世界の人々に理解してもらうのは至難のワザだったのかもしれない。

京都、奈良の寺院や庭園に比べ、どこがどう違い、しかもそれに匹敵する価値があることを、英文できちんと分かりやすく説明できたかどうか疑問でもある。新渡戸稲造の「武士道」や鈴木大拙の「禅」は著者本人が見事な英文で書いたからこそ、世界のベストセラーになった。

一方で、世界遺産を審議する側の立場も考える必要がある。すでに、世界遺産として851件もが登録されている。登録数の上限は設けられていないとはいえ、このまま増え続けると、「世界遺産」の希少価値が下がってしまう。せいぜい1000件が妥当なところだろう。

審査がこれまで以上に慎重であるのは仕方がないことだ。既登録の世界遺産と似たようなものは除外されるに違いない。

日本にはまだ、「彦根城」「鎌倉の寺社」「富士山」「富岡製糸場・絹産業」「飛鳥・藤原の宮」「長崎教会群」などが推薦リストに入って順番待ちをしている。

「平泉」の登録に期待していた方には気の毒だが、これで「平泉」の価値がいささかも下がるわけではない。

浄土思想の起源はインドにあり、中国を経て日本に伝わったが、法然、親鸞、一遍という大思想家を輩出した日本にこそしっかりと根付いたものである。日本人がそれを理解し、「平泉」の価値を再発見するきっかけとなればいいのではないか。

ところで、「世界遺産登録」を観光振興の手段と見るのはあるていど仕方ないとしても、度が過ぎると、登録運動はきわめて胡散臭いものとなる。観光業でいくら儲かるかということと、歴史的遺産の文化的価値は、全く別次元の問題であるからだ。

日本の場合、文化庁、環境省、林野庁などの関係省庁連絡会議で推薦物件が決定され、暫定リストとして、外務省を通じユネスコに提出される。

このリストの中からユネスコに登録申請をおこなう過程で、観光業者や地方自治体の陳情を受けた国会議員らが介入し、地元有利の優先順位をつけさせるということもありうるだろう。

本来、文化・自然遺産そのものが持つ価値を、地域にかかわりなく正当に評価しなければならないが、あるレベル以上のものになると、その価値判断の基準は担当者個人の主観、つまり趣味、嗜好のたぐいに委ねるほかない側面もある。

政治的利権が付け入るスキがあるとすれば、多分そんなところだ。

いずれにせよ個人的には、もうそろそろ「世界遺産」ブランド獲得に精力を費やすのをやめたらどうかと思う。あちこち「世界遺産」だらけにしないでほしい。

「人に知られたくない日本遺産」というのを指定してくれたら、へそ曲がりの筆者などは多分、のこのこと出かけていくだろう。

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月 8日 (火)

中国のサミット加入を主張するサルコジの計算

仏大統領、サルコジは「サミットはすでに形骸化している」と言う。ならば、G8を解散する提案をしたらどうか。中国やインドなど、あと5カ国を加えるべきだと主張するが、それで活性化するとでも思っているのだろうか。

「主要国首脳会議」というといかめしい。英語では単に、グループ8(G8)である。もともと、1975年に同じフランスの大統領、ジスカール・デスタンが呼びかけて、民主主義の先進6カ国、すなわち仏、伊、英、米、日、西独首脳がランブイエに集まったのがはじまりだ。

1973年のオイルショックによる世界不況をどう打開するかという緊急課題があった。国連はあまりに参加国が多く、国の政治体制やイデオロギーの違いもある。世界経済に圧倒的影響力をもつG6だけで議論したほうが解決へのスピードは速い。サミットにはそういう意図があった。

参加人数の多い会議ほど「形骸化」しやすい。それぞれの立場を主張して時間切れとなるか、ホンネを出さずに議論がかみ合わないかだ。

サルコジはその軽佻浮薄ぶりを北京五輪開会式出席問題で露呈した。この3月、チベットでの人権弾圧に関して五輪開会式ボイコットの可能性を示唆、国内で高まるダライ・ラマ擁護と中国政府非難の声に迎合した。

ところが、その後に中国国内で起こったことは、彼を驚愕させた。パリでの聖火リレー妨害をきっかけに、中国国内400店舗もあるカルフールに「不買運動」を唱える人波が押し寄せた。店内で大勢の人が、シュプレヒコールを繰り広げる光景は異様だった。フランス製品の不買運動も高まった。

フランス産業界は、空母、航空機、TGV、原子炉などの売り込み攻勢をかけるなど、中国に大きな期待を寄せている。サルコジは、今度は経済界の声を受けて、エンジンを逆噴射しはじめた。

まず、特使を北京に派遣して、中国首脳の機嫌をとり、北京五輪への出席を約束した。ついで、テレビの前でサルコジがこのように語った。

「経済だけでなく、中国は大切な国です。彼らを傷つけてはいけません」

「経済だけでなく」という言葉は、「経済」の重要性を物語る。

おそらく、サルコジは「大国である中国もG8の一員になるべきだ」と、持ち上げたに違いない。中国政府首脳は「フランスの対応を評価する」と、にわかに対仏姿勢を変えた。

今朝の産経新聞によると、サルコジ大統領は「中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカを加えてG13にすべきだ」とし、イギリス首相のブラウンも「中国、インド参加のG10」を主張しているという。

これに対し、日米は「非民主主義国である中国はメンバーに加えられない」と反対の立場だ。日本の国連安保理常任理事国入りを阻止しているのは中国である。G8だけは中国などを排し、アジアでただ一国という地位を守りたいのが日本のホンネだろう。

サルコジはサミットの期間中、いずれかのタイミングで「参加枠拡大」を持ち出してくるに違いない。胡錦濤主席も会場であるザ・ウィンザーホテル洞爺に滞在し、無言のプレッシャーをかけ続ける。

真偽のほどは分からないが、胡錦濤が5月に来日したさい、福田首相との間で「日本の安保理常任理事国入りを中国が承認する代わりに、G8への中国参加を日本が認める」との密約が交わされたと某ジャーナリストがテレビ番組で語っている。

しかし、国家体制の異なる中国が加入すれば、G8は当初の軌道から外れ、さまざまな問題解決に手間取って、会議そのものの変質を迫られるだろう。密約などなかったと信じたい。

議長役の福田首相は、仏、英から「参加枠拡大」の話があったときに、きちんと日本の考えを主張し、G8本来の意義を守れるだろうか。

任期切れが近い「レームダック」のブッシュ大統領はあまり頼りになりそうもない。

                  (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年7月 7日 (月)

渡辺行革潰しを画策する二橋官房副長官の権力

この国の最大の病根、官僚支配をぶっ壊すはずの渡辺行革が、またしても揺らぎはじめた。

民主党の修正要求に応じ、難航の末に成立した国家公務員制度改革基本法。その具体的な制度設計を担う推進本部の事務局長ポストは、なぜか経団連の事務局畑を一筋に歩んできた立花宏(前専務理事)に決まった。

そこには、したたかな官僚の静かなる“逆襲”があった。

最初に名前があがった慶大商学部教授、清家篤は6月25日の当ブログで書いたように、官僚にとってベストの人選だった。ところが、渡辺行革相と清家は考えが正反対で、もともと相性が悪い。渡辺が反対する前に、清家自身が「この話は受け入れられない」と固辞した。

そこで、全省庁が“改革骨抜き”の期待を寄せる二橋正弘官房副長官と坂篤郎官房副長官補らは考えを練り直した。

民間から人選する場合、政府の審議会とか有識者懇談会のメンバーなら、「身体検査済み」である。過激な言動はなく、官僚のコントロールがきく。

白羽の矢が立ったのが立花だった。立花は、民主党に天下りバンクだと批判される「官民人材交流センター」の制度設計を審議した有識者懇談会のメンバーである。

人材交流センターは、官僚の再就職斡旋を一元化するというものだが、もともと天下り廃止論議をかわすための見せかけであり、あまり役に立つ機関になりそうもない。

かつて、小泉・竹中改革を支えた元内閣参事官、高橋洋一はこのように説明する。

「センターに登録するのはメインストリームを外れた役人が大半になる。メリットのない人間を引き受けたい組織があるはずはない。(センターをつくるネライは)役人に自分の市場価格を自覚してもらい、能力主義への移行をスムーズに進めるためだ」

だとするなら、計15回にわたり、8人の有識者が議論を重ねてまとめ上げたセンターの「制度設計に関する報告」も、たいした意味はないことになる。たしかに、自力で天下りできる官僚は、こんなものなくとも困らない。

日本有数のシンクタンクといわれる経団連事務局の要職をこなした立花ほどの人物が、そんなカラクリがわからないはずはないだろう。所詮、政府とのお付き合いにすぎない。事務局の官僚がつくった案をたたき台に、もっともらしい発言をしておけば、役人は喜んでくれるのだ。

ところで、経団連と言っても、立花はコストにシビアな会社経営の経験はゼロだ。東大卒のエリートであり、官僚的体質がないとはいえない。

二橋らは同質のニオイを嗅ぎ分けていたはずだ。そして、さすが抜け目がないことに、前総務事務次官の松田隆利を事務局次長に押し込んだのだ。二橋もまた総務省の前身、自治省の事務次官だった。

つまり、自分の後輩事務次官を立花の補佐に就け、官僚主導の制度設計を“担保”したのである。恐るべき切れ味の人事戦略といえよう。

二橋は昨年末、渡辺行革相の独立行政法人改革を骨抜きにした“実績”がある。事務方の官房副長官である二橋は、事務次官会議を仕切る、官僚界のトップである。

渡辺が福田首相に、独法改革へのリーダーシップを直談判したことを聞き、二橋は動いた。「渡辺改革案」を聞きだし、それををズタズタに修正して、族議員への根回し、官房長官の説得を進め、ついには福田首相の了解を勝ち取った。

改革の目玉であった都市再生機構は結論を先送りされ、巨額無駄遣いのシンボルといえる雇用能力開発機構でさえ、いつの間にか温存されそうな雲行きに変わってきた。舛添厚労相も、二橋や厚労省の役人に取り込まれてしまったかのように、かつての威勢のよさは消えうせた。

安倍晋三は、この官房副長官という最高ポストに、事務次官の経験がない元大蔵官僚、的場順三を充てたことが、オール霞ヶ関の怒りを買い、自ら首相退陣への導火線をつくってしまった。

二橋は小泉時代にもこのポストをこなし、公務員改革を旗印にする安倍に嫌われて退任したあと、福田に呼び戻された官界の“牢名主”だ。官房副長官補、坂篤郎も二橋にひけをとらないツワモノである。

やわらかな物腰で、したたかに国益より官僚組織を守る。そういう連中が内閣の中枢で総理と呼ばれる人を動かし、実権を握っている。

そして、各省庁は族議員を“養成”して与党をコントロールし、官僚が政治家に使われているフリをして、政治家を使っている。

独法に続いて公務員改革の行方も怪しくなってきた。首相がよほど肝を据えて取り組まないことには、国民の望む方向には進まないだろう。

                       (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月 5日 (土)

感動のベタンクール救出劇に米国の仕掛け

Photo

コロンビアの左翼ゲリラ組織に誘拐されていたイングリッド・ベタンクールさんらが救出された。元大統領候補で、フランス国籍を持つ世界で最も有名なコロンビア女性は、実に6年ぶりに自由の地へ戻り、母親や子供たちと再会したのである。

コロンビアのサントス国防相は鼻高々だった。「軍特殊部隊の作戦によって救出した」。

ゲリラ組織内部に工作員を送り込み、偽装した軍のヘリコプターにベタンクールほか15人の人質を乗り込ませて、機内で初めて「あなた方は解放された」と告げたという。歓喜につつまれる機内、あふれるうれし涙。感動的な筋書きである。

ところが、スイスの公共放送局「ラジオ・スイス・ロマンド」は、信頼できる筋から入手したとして、コロンビア軍の発表とは異なる情報を流した。

実はFARCに約2000万ドル(約21億3000万円)が支払われたというのである。しかも、取引には米国が関与しているとか。

たしかに、あまりにも鮮やかすぎる救出劇だった。これまでにフランス政府も救出作戦に乗り出したことがあったが、失敗に終わっている。そう簡単に騙される相手とも思えない。しかし米情報機関などがかかわり、周到な準備がおこなわれたとすれば話は別だ。

コロンビアといえば、世界最大の麻薬消費国アメリカに、コカインなどのドラッグを密輸し続けている麻薬カルテルの巣窟である。パブロ・エスコバル(故人)は、麻薬で米ビジネス雑誌に載るほどの大富豪になり、ドキュメンタリー映画さえ製作されたほどだ。

米国は麻薬対策費という名目で毎年、何十億ドルもの経済支援をおこない、コロンビアを、左傾化が進む中南米における親米の砦としている。しかし、コロンビア軍がFARC掃討に躍起になるあまり、今春、中南米を震撼とさせる事態が起きてしまった。

エクアドル領内に潜むFARCの一団をコロンビア軍が空爆したのである。当然、エクアドルのコレア大統領は「いかなる理由であれ外国軍がわが国内で軍事行動を起こすことは正当化できない」と怒り狂った。

反米の旗手、ベネズエラのチャベス大統領も「黒幕である北アメリカの帝国と、その家来であるウリベ大統領がわれわれを分断することは許さない」と、いつもの激しい調子で罵った。

エクアドル、ベネズエラに続いて、ニカラグアもコロンビアと断交するなど、情勢が一気に緊迫したが、米州機構がコロンビアの行動を「国際法違反だ」と決議し、コロンビアが謝罪したことで、事態は収拾に向かった。

実は、このころFARC内部で重大な状況変化が起きていた。それを米情報機関は見逃さなかったようだ。

FARCの創設者マヌエル・マルランダ最高司令官が3月26日に病死。エクアドルへの越境攻撃で、ナンバー2のラウル・レジェス司令官も死亡していたのだ。

最高幹部の死亡による組織の弱体化を見抜いた米情報機関が、相手方が動揺していたそのタイミングをついて工作を仕掛けたのではないだろうか。

もちろん、公式にはサントス国防相が発表したように、コロンビア軍特殊部隊の作戦が大成功したということになるのだろう。彼らは一銭のカネも動いてないと言い切っている。

「感動の救出劇」のままにしておいたほうがいいのかもしれない。しかし、身代金が支払われたとする「ラジオ・スイス・ロマンド」の報道に筆者はリアリティを感じる。米国にしても、エクアドルにいつまでも火種を残しておきたくはなかっただろう。

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月 4日 (金)

「愛中派」二階俊博、今回の中国詣での目的は

自民党総務会長、二階俊博はまだ中国にいるのだろうか。彼の訪中は朝日や日経に、目立たぬベタ記事で報じられた。いったい彼は誰に会ったのか。筆者は、その一点に興味をおぼえた。

全国政治協商会議の賈慶林主席と人民大会堂で会談したという。賈慶林。中国指導部から排除されつつある江沢民派のなかで、唯一人、政権中枢にとどまった大物政治家である。

二階は東京在住の中国人実業家、蒋暁松との交友で知られる。蒋は中国・海南島リゾート開発の立役者といわれ、江沢民ファミリーと交流がある。江沢民の長男を二階に紹介したのもこの人物だ。

二階は蒋を通じて、江沢民時代の中国政府中枢に食い込んだとみられる。平成十六年十月の講演で、二階は「心と実行力があるパートナー」と蒋を持ち上げた。

二階が中国指導部で最も頼りにしていたのは江沢民派の曽慶紅だろう。2006年4月、小泉政権の経産相だった二階は、まさにその海南島で、中国国家副主席、曽慶紅と会っている。自民党政調会長だった中川秀直は曽慶紅との会談を希望して、断られた。

しかし、二階にとって気掛かりだったのは2007年秋の第十七回中国共産党大会における新指導部人事だった。側近重用で胡錦濤体制を固めるという観測から、曽慶紅が中央政治局常務委員会のメンバーを外される恐れがあり、事実、その通りになったのだ。

二階は「江沢民碑」を成田空港や地元、田辺市など全国各地に建立する計画をたて、資金集めを進めたことがあるほどの男である。「親中派」でも「媚中派」でもなく「愛中派」といったほうがわかりやすい。

年金122億円を浪費した「グリーンピア南紀」で何をたくらんだのか知らないが、経産相だったころ、この施設を買い受けた那智勝浦町と盟友、蒋暁松との間で奇妙な賃貸契約を結ばせた。

10年で1億6000万円の賃貸料を蒋のペーパーカンパニーが支払い、その後、町から丸ごとホテルの譲渡を受けるという内容だ。将来、国道バイパスがこの土地を横断する計画が発表されたのは契約成立から4ヵ月後だった。調印の場が経産相の大臣応接室であったというのも見識が疑われる。

その後、町は議会の反対決議により昨年秋、蒋の会社との契約を解除し、計画は頓挫した。二階はこの件に関し、「町が決めることだ」と沈黙を守ったままだ。

この事実は少なくとも二階と蒋暁松との関係が、単なる友人関係でなく、利権や政治にも深くかかわっていたことをうかがわせる。

さて、話を戻そう。昨年秋以降、二階は早急に、中国とのパイプを再構築する必要があったのだろう。四川大地震が起きたあと、いち早く「日中関係を発展させる議員の会」代表として民間チャーター機で成都に飛び、テント300張りやカップめん2000食などの救援物資を届けたのは、北京へのアピールだったと思われる。

そして、今回、党内序列第4位の賈慶林に会った。この会見に蒋暁松が絡んでいるかどうかは明らかでないが、賈慶林が、蒋暁松の信奉する江沢民に近い人物であることは確かだ。

「人民中国」によると、賈は日本の四川大地震被災地への支援と、北京五輪への支持に謝意を表し、二階は「中国の政府と人々が震災救援活動で示した一致団結、堅忍不抜の優れた精神に敬服の意を表すとともに、北京五輪の見事な成功を確信している」と述べたという。

ただ、表向きの報道にほとんど意味はない。問題は儀礼ではなく、何が話し合われたかだ。

二階がなぜこれほど格別の情を中国に示すのか、筆者には理解できない。もちろん、小泉政権時代に削減された対中ODAを、環境や省エネ技術をネタに復活させようとする動きは自民党内にあるだろう。ODAのキックバックは中国利権の中核だ。

しかし、江沢民の揮毫と講話を中国語で刻んだ「江沢民碑」を全国各地に建立すると本気で考えた、二階あの情熱は尋常ではない。単なる「利権」だけとも思えないのである。二階の中国傾斜を説明できる方に、ぜひコメントをいただきたい。

                          (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


 

2008年7月 3日 (木)

怒りと不満噴出の中国、五輪後に何が待つ?

「北京五輪までは何も起こさせてはならぬ」。中国首脳がそう思えば思うほど、あちこちで傷口が開き、隠れていた膿が流れ出す。国の大多数を占める貧しい民の、これほどの不安、怒り、悲しみをかかえて開かれるオリンピックがかつてあっただろうか。

祭典を前に、中国国内の暴動がおさまる気配はない。一党独裁の強権をもってしても抑えきれない民衆の不満エネルギーが蓄積しているからだ。元凶が役人の腐敗であることは疑う余地がない。四川大地震のような状況下でも、各国から集まった救援物資のうち、三分の一を官吏が横領し、闇市で売って大儲けするのである。

数万人が集まった貴州省の暴動の根底にも官僚不信がある。きっかけは女子中学生の死亡事件だが、釈放された容疑者が公安幹部の親族ではないかという疑いがインターネットで広まり、騒ぎを拡大した。

中国の人々の本音はインターネットの書き込みから分かる。この通信手段がなかった時代には、中国人民のナマの声はこちらに届くことはなかった。

中国政府は3万人といわれる「サイバー警官」にサイトを監視させ、政府に不都合な書き込みの削除を管理者に命令し、IPアドレスをもとに逮捕することもいとわない。

それでも、その監視の目をかいくぐって、暴動の様子を伝える多くの動画がネットに投稿された。これは、利用者2億2000万人をこえるネット時代の中国にあって、当局の言論統制にもはや限界があることを証明した出来事だ。

電脳空間は明らかに民主化への期待を抱かせる。それと同時に、情報自由化の進行が中国共産党独裁の屋台骨を揺るがし、堰を切ったように内紛のモトとなるマグマが噴き出して、国内の大混乱を招くおそれも感じさせる。

いまの中国は、実は見せかけの経済繁栄に過ぎない。国民が勤勉に働いて長年かけてつくりあげた日本経済とは違う。文化大革命で、国のリーダーとなるべき知識人は粛清され、多くの文化が破壊され、貧しい民の生活が残った。

その安い人件費目当てに外国企業の工場が先を争い驚くほどのスピードで進出し、政府はにわかに入ってきたカネで、権力を用いて投機的な経済活動を進めた。ごくわずかなマネーゲームの勝利者が大金持ちになった。

見かけの繁栄のウラで、慢性的な水不足により黄河は枯れ、困った農民が地下水をくみ上げ続けて、大地の下が空洞化している実態がある。華北地域も、地震のあった四川省も地盤が弱くなっているだろう。環境汚染とともに、水不足は国の根幹にかかわる深刻な問題だ。

国民が生きていくための基盤が崩壊しつつあるなかで、どうやって13億人の民を養っていくだけの経済成長が続けられるのだろうか。

日本の経済界が中国の成長力に過度に期待していることをとやかく言うつもりはない。商売はしっかりやる。それでいいだろう。しかし、中国バブル崩壊のリスク、政治的混乱のリスクを頭に入れてビジネスを進めないと、あとで後悔することになるかもしれない。

福田首相は航空自衛隊のU4多用途支援機で中国に乗りつけ、北京五輪開会式に出席するという。北朝鮮の金正日総書記も開会式出席を中国政府から要請されている。

二人が開会式で顔を合わせるのかどうかは定かではない。しかし本日の産経新聞一面、シーファー米大使に心情を訴える横田めぐみさんのご両親の写真を見るにつけ、つい思ってしまうのだ。

「拉致被害者を返してくれないかぎり、金正日総書記と一緒に五輪開会式には出れませんよ」

どうして、そのくらいのことを福田首相は言ってくれないのだろうかと。

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月 2日 (水)

「悲しい寂しい」自民党の老化細胞

人間の体なんてものは、全ての細胞に血液がまんべんなく行き渡っているからもっている。細胞どうしが血液の取り合いをするなんて愚はしない。それが自然の偉大なところだ。

政治の世界は、愚かな細胞の寄せ集めだから、そうはいかない。カネの取り合い。それが全てになっている。

アゴの津島センセイ率いる自民党税調が昨日開かれたらしい。増税派の消費税アップ論の根拠は、09年度中に基礎年金の国庫負担率を2分の1に引き上げねばならず、2.3兆円の財源が必要だからとか。

「安定的な財源を確保するには消費税に限る」。だけど、「選挙があるからやめておこう」。何をウジウジやってるんだ、勝手にしろ。

政治家が国民からむしりとる方策ばかり考えている間に、景気は落ち込み、税収は減り続ける。07年度一般会計の法人税収は昨年12月の見通しより1兆5300億円も下回った。経済無策だと、いくら消費税を上げても、景気悪化で税収はかえって下がるだろう。

各省庁も、そのなかの部局も、地方自治体も、ありとあらゆる行政の細胞が、必死になって自分のところに血液を取り込もうとしている。そして「合成の誤謬」でガタガタになった日本の身体。その責任は、いちおうこの人、福田さんが負わねばならないわけだ。

洞爺湖サミットってのがもうすぐある。福田さんはすごいプレッシャーがかかっている。そりゃそうだ。世界のリーダーといわれる連中を仕切るんだから。なめられないようにしなきゃいけない。

こういうときの相談相手はだいたい森喜朗というお方。昨日、首相じきじき、官邸近くの森事務所に赴いて「ご意見伺い」をした。そのときの森センセイのアドバイスは、洞爺湖サミットよりも、その後の政局運営が中心だったようだ。

「ぎりぎり来年9月まで解散することはない。衆院でまけたら野党になる。野党の幹事長をやったことがあるが悲しい寂しい11ヶ月だった」

森さんや福田さんが「悲しい寂しい月日」を送らないよう、解散をしないでおこうという、すばらしいエゴ合意がお二人の間でできあがった。

自民党という細胞は、もう老廃物による「末期症状」が激しく、ちょっとやそっと新鮮な血液を輸血したところでどうにもならないようだ。

選挙の結果など気にせず、国のために決起する若きサムライはいないのか。既存の政党など放っておけ。志で集まれ。国を新鮮な細胞の集合体につくりかえたら、カネはあとからついてくる。

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年7月 1日 (火)

朝日の中国当局「取材対応マニュアル」報道への疑問

朝日新聞の北京支局、峯村健司記者は中国当局の「取材対応マニュアル」を発見したらしい。政府の報道担当者向けのものである。

海外メディアに対しては、宣伝活動を強め、国内メディアには言論統制を強化する、という。いわば二重構造のメディア対応を指示している。

情報操作するのが当たり前の国である。北京五輪を前に、あらためて方針を示したのだろう。

朝日はこれを受けて、30日から「奔流中国21」なる大連載を同時に始めた。「変わるメディア」とサブタイトルがついている。

マニュアルには次のような内容が書かれているという。

「北京五輪を利用して中華民族の優秀さと歴史、文化を知らしめよう。そのために不可欠なのが、すぐれた宣伝活動だ」

「欧米メディアは五輪に絡めて人権や腐敗、環境汚染などマイナス面を強調し、敵意に満ちた誤解と偏見が中国のイメージを悪化させている」

その対策として「会見ではノーコメントと言わず、客観的なデータを提供し、政府の対策をアピールする」などの方針が打ち出され、チベット騒乱、四川大地震で積極的に会見をおこなったと峯村記者は指摘する。

その半面、スクープや調査報道が盛んになってきた国内メディアに対しては党中央宣伝部が強くブレーキをかける。

「決して取材の自由を認めたわけではない。触れられたくない敏感な問題が発生したときはまず避けろ、次に口止めをしろ、それでもだめなら封殺しろ」

これは従来と全く変わっていない。「不変の原則」だという。ここまで読み進んだ限りでは、中国当局のメディア対応がそれほど変化したという印象は受けない。海外メディア対策には多少知恵がついてきようだが、宣伝色が強すぎると信用されない。

メディアを国益のための宣伝に利用するのはどこの国でもやっていることである。だから、ジャーナリストはその国の政府から提供された情報をうのみにせず、独自に客観的な情報を集める必要がある。

ところが、自由な取材活動を制限されるという実態は、中国において、いささかも変わっていないのだ。

記者会見の数が増え、出すデータの量が多くなっただけでは、中国当局のメディア対応に大きな変化があったとみることはできまい。

峯村記者は、市場経済の波が中国のメディア界に変化をもたらしているとも指摘する。

80年に広告収入が認められ、民間資本がメディアに参入できるようにもなった。83年に773紙だった新聞は03年に2119紙になり、テレビチャンネル数も90年の554から06年には2983に増えた。

この競争を勝ち抜くためにはスクープが必要なのだとし、党中央宣伝部関係者の「メディアは以前のように従順ではなく、膨大な記事を全てチェックすることは不可能だ」という発言を紹介する。

これだけの情報をもって、「中国メディアがいずれ体制を揺さぶる存在に育つ可能性を見せつつある」と結んでいる。

ここに書いてあるのはつまるところ、中国当局がメディア対応マニュアルを作成し、記者会見の回数や情報量を増やしたこと。海外メディアにはうまく中国の考えをアピールし、国内メディアは締め付けを強化する方針であること。中央宣伝部が「最近はメディアの数が増えすぎてチェックしきれない」と話していること。それだけである。

これもまた、西側メディアに「中国の情報自由化への流れ」を印象づける中央宣伝部などのリークで、結果としてそのネライ通りに書かされてしまった記事であるという疑念をぬぐえないのは、筆者のへそ曲がりのせいだろうか。

ちなみに、中央宣伝部は中国メディアを管理監督する最高機関で、報道内容に問題のあるメディアを処分する。その巨大な権力は中国の改革・発展の阻害要因の一つだという指摘もある。

マスメディアの急増やインターネットの普及など、たしかに当局が規制しきれなくなったという状況変化はあるだろう。しかも今後の中国経済や社会の矛盾が政権内部の地殻変動を引き起こし、中国メディアの成長が後押しして体制を変えていく可能性がないわけではない。ただ、それは「取材対応マニュアル」とは何の関係もないことだ。

中国の現実に対する見方の甘さを感じないわけではないが、朝日新聞北京支局の、中国当局に寄せる「取材・報道の自由化」への期待感は、この連載から伝わってくる。今後の奮闘を期待したい。


Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年6月29日 (日)

矢野絢也、外国特派員協会で創価学会を語る

評論家活動を妨害されたとして、創価学会を提訴している元公明党委員長、矢野絢也がこのほど、日本外国特派員協会で、スピーチした。

提訴内容については、6月16日の当ブログに書いてある。今回は、講演で語られた公明党幹部時代の政官界工作を中心に、創価学会・公明党に迫りたい。

矢野は公明党所属の政治家として30年間を過ごした。政治や学会関係について書きためた手帳の数は100冊近い。それを、3年前、元公明党国会議員3人が家捜しして持ち帰ったという。

返還訴訟を起こしているが、一審の東京地裁は矢野の要求を認めなかった。

手帳に書かれているうち、公明党書記長だった矢野が創価学会のためにおこなった工作については、言論出版妨害事件、月刊ペン事件などをあげた。

70年の言論出版妨害事件は、当時の自民党幹事長、田中角栄に、政治評論家、藤原弘達が書いた暴露本「創価学会を斬る」の出版差し止めを依頼したとされる。

月刊ペン事件は、75年末から76年4月にかけ「月刊ペン」誌上で、編集長の隈部大蔵が池田大作の女性間係を暴露。相手とされた多田時子、渡部通子の告訴により名誉毀損罪で隈部が逮捕され、一審、二審で有罪になった。

これについて矢野は「編集者が逮捕されるという異例なことを、どうしてできたのか、いきさつが手帳に書いてあった」と語る。

このとき、矢野や顧問弁護士の山崎正友らがどのような工作をしたかは、山崎の著書に生々しく書かれている。

「裁判官や検事に根回しし、警視庁に圧力を掛け、笹川良一氏、陽平氏父子に頼んで、月刊ペン社長と弁護人の懐柔工作を行い、二千万円を相手側に支払って、池田大作を証人出廷させないまま、隈部大蔵に有罪判決が下るよう司法を曲げる作業の中心者として働いたのだ。もちろん、池田大作の厳命によるものである」

このような工作活動が効力を発揮したことは信じがたいが、矢野のメモにはおそらくこの重大な記録が残されているのだろう。ただ、30年以上を経たいま、全ては「薮の中」というほかないのかもしれない。

矢野は自戒をこめて言う。「二度にわたる国税調査のときは、何度となく国税庁に足を運びました。学会にとって危機的な案件が次から次へと出てきた。ほぼ1週間に3回か4回くらい本部で打ち合わせをして情報も集め大きな声で言えないようないろいろな工作をやりました」

そのころの創価学会はまだよかった。今は、すっかり変わった。そういって次のような学会の現状を嘆いた。

「脱会する人に嫌がらせをする。半ば無理やりに、会員を選挙活動に駆り出す。お金集めをやる。海外にはきわめて危険な団体と規定している国もあると聞いております」

フランス国民議会が創価学会を有害カルトと決めつけていることを指しているのだろう。

池田大作名誉会長については「目をかけていただいて感謝している」としながらも、「ロビー活動をうのみにして名誉会長に外国の大学などが名誉博士号や勲章を授与しているのでは」と疑問を投げかけた。

矢野は何度も何度も繰り返した。「これは中傷ではない。これを教訓に、正しい宗教団体になっていただきたい」

矢野の息子夫婦や孫らが正体不明のグループから、これまでの3年間、毎日のように監視され、尾行され続けた事実も明かした。「ビデオや写真を撮っている。いずれ法的措置をとりたい」と言う。

矢野は恐怖におびえながら守り続けた沈黙を破って、創価学会と公明党に挑戦状をたたきつけた。マスメディアでさえタブー視する相手の“権力”が、一人で太刀打ちするにはあまりにも巨大であることは矢野自身がいちばん知っている。

                      (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年6月28日 (土)

日銀金庫に眠る米国債62兆円は単なる紙か

ふつう、カネの借り手が、貸し手に大きな顔はできないものだ。ところが、日米という特殊な間柄の国家間ではそういう常識が通用しないから始末が悪い。

日本は輸出で儲け、政府・日銀にたまったドルでせっせと米国債を買う。いや、買わされる。アメリカは還流してきたそのカネを使いまくる。満期がきたら、再び買わせるから、米国にとっては最初から「踏み倒すことのできる」おいしい借金である。

そこで気になるのは、日本が保有する米国債残高が今、いくらなのかということだ。財務省のホームページをのぞいてみると、外貨準備の表がある。

外貨準備9969万ドル。内訳のほとんどは8535万ドルの証券が占める。このなかに、米財務省証券、すなわち米国債残高が含まれているわけだが、日本の財務省はなぜかその数字を開示していない。

さて、どうしたものかと調べていくと、朝鮮日報に中国経済網が発表した数字が出ていた。

 「中国が保有する米国債は4月末現在で5020億ドル(約54兆2100億円)。日本の5922億ドル(約63兆9500億円)に次ぎ世界2位の規模となった」

日本の米国債保有残高5922億ドル。直近の1ドル106円で換算すると62兆7732億円である。やはり、日本の外貨準備の60%近くが米国債なのだ。

さて、長期米国債の満期は30年、20年、10年ものなどがある。30年前の1978年に平均1ドル195円のレートで買った米国債はいまや106円に目減りしている。いくら金利がつくとはいえ追いつかない。20年前でも平均1ドル125円、10年前で113円だ。仮に、日本政府が保有する米国債5922億ドルを平均1ドル150円で買ったものだとしたら、88兆円から62兆円に価値が下落したことになり、26兆円の損失だ。130円で買ったとしても15兆円の資産が目減りしている。

背筋が寒くなるような国家の損失が外貨準備に隠されている。しかも、これは政府・日銀が保有するものに限られた話だ。銀行や生保が顧客から集めたカネで買いためた米国債の含み損を勘定したらと思うと、空恐ろしい。

グローバル経済の本質は資本を世界的に動かすことだ。その資金の主要な提供者にされたのが、貯蓄好きの国民の多い日本である。

80年代に入り、どん底の経済状況に陥ったアメリカは、対日貿易赤字をネタにジャパン・バッシングを続け、「ノー」といえない日本に米国債を買うよう要求した。

バブル期はもちろん、バブルが崩壊した90年代以降も日本からどんどん吸い上げられた資金は、米国を通して世界中をめぐり、中国やインドなどに、大量生産、大量消費の旧来型高成長社会を再現した。そのため資源が高騰し、中東やロシアなどの資源大国が潤った。

アメリカはレーガン政権時代、福祉社会に別れを告げ、グローバルな市場原理主義の方向に舵を切っていた。経済学者の言葉を借りるなら、ケインズ主義から、シカゴ学派の新自由主義に転換したということだ。

85年のプラザ合意以降、アメリカの思い通りに円高ドル安が進み、87年までに円は1ドル201円から122円まで跳ね上がった。ドルが下がった分、借り手の米国は得をしたことになる。

その後日本は低金利の金余りでバブルになり、大蔵省の「総量規制」でカネの流れがストップすると、あえなく崩壊。すると、さっそく不良債権化してバーゲンセールとなった土地建物を、アメリカのハゲタカファンドが安値で仕込んで巨利を得た。

しかし、アメリカの新自由主義的なグローバル戦略にも陰りが見えてきた。サブプライムは、アメリカ自慢の金融工学がいかにインチキであるかを世にさらしたが、それより深刻な問題がある。

自然を浪費する重化学工業型成長の世界的な拡大によって石油などの資源価格や食料が高騰し、それに対する解決策が見出せないことである。

過剰な贅沢と極度の貧困が同時に生まれ、やがて世界政治の重大なリスクとなるだろう。

少し話がそれたが、日本政府は「金」(ゴールド)でも買っておけばいいものを、米国に言われるままに米国債を買い、隠れた損失をかかえたまま米国の圧力で売るに売れず、日本円にして62兆円分の証券を塩漬けにしている。

これは明らかに失政ではないのか。「金」など為替差損の出ない希少な資産をためておけば、今のように弱者を苦しめることはなかっただろう。

Blogbanner2人気ブログランキングへ

2008年6月27日 (金)

竹中平蔵に指南を求める李明博大統領

おそらく、この時代のことは誰にも分からないのだろう。専門家の意見はバラバラで、誰を信じていいのか、一般庶民は右往左往するしかない。

とりあえず研究費を出してくれるスポンサーに有利な学説を立てておけばいいという学者や、使ってくれるメディアの企画の意図に沿って理屈を組み立てる評論家がいて、「渡る世間は銭ばかり」である。

小泉・竹中改革など、いまや日本国内では「格差」の元凶として叩かれっぱなしだ。とくに、関岡英之が、米国から毎年突きつけられる「年次改革要望書」の存在を世に知らしめて以来、あの郵政改革も、米保険業界を利するブッシュの戦略に加担したものと受けとめる向きが多くなった。

国民は単純に、小泉・竹中構造改革によって銀行の不良債権処理が進み、それを評価した株式市場も活況となって景気が浮揚したと信じ込んでいたのだが、昨今のように福祉や医療などの矛盾が表面化してくると、構造改革派の旗色が急に悪くなってきた。

しかし、面白いことに、竹中平蔵に賛辞を贈る人物が米国だけでなく、お隣の韓国に現れた。李明博大統領である。

経済低迷にあえぐ李明博大統領は人気急落の打開策として、驚くべき組織をつくり出していた。

「大統領国際諮問団」。大統領に韓国の将来ビジョンを提案する諮問会議だが、「国際」の名が示すとおり、メンバー15人が外国の識者や企業家で占められている。

マイクロソフトのビル・ゲイツ、世界経済フォーラム理事長のクラウス・シュワブ、ハーバード大教授のジョセフ・ナイ、元米国財務長官のローレンス・サマーズ、サウジ国営石油会社最高財務責任者のアル・オスマン・・・。

米、英、仏、スイス、シンガポール、サウジ、インドなどから選ばれたそうそうたる顔ぶれである。このなかの、ただ一人の日本人が竹中平蔵だ。

李大統領は26日、竹中と面談し「郵政民営化などの構造改革が日本経済をよみがえらせた」と賛辞を贈ったという。

それにしても、外国人で構成される会議が、国の将来像やグローバルな問題について諮問を受けるというカタチは、日本ではまずありえないだろう。

「経済大統領」といわれる李明博の真の狙いは、外国からの投資を呼び込むことのようだ。朝鮮日報によると、今春の日米訪問のあと、李大統領は「国外の多くの投資者がチームを作って助言してくれれば投資誘致はもちろん、韓国経済活性化にも役に立つ」と発言している。

こうした韓国の動きを見ると、やはり気になるのは低迷する日本のマーケットだ。とかく、日本は閉鎖的だと外国の投資家から批判される。ブルドックソース、Jパワーなどへの米英投資ファンドの買収に、政府や司法がストップをかけたことがその代表例だ。

小泉改革への過度な反省から、福田内閣は「どうやって産業を規制していくか」という方向に向かっていると述べるのは大前研一である。

「お役人にとって企業とは放っておくと悪いことをするものなのだ。ところが、民間企業に難しい仕掛けを要求しながら、自分たちの仕事のやり方は旧態依然としている」

確認書類が増加し、設計変更が厳格化された改定建築基準法や、グレーゾーン金利撤廃の改定貸金業法などにより、中小・零細企業の倒産が増え、「官製不況」を招いたと大前は指摘する。

ただ、小泉・竹中が悪いとか、福田が悪いとか、そういう議論では何も解決しないだろう。

竹中は韓国紙のインタビューに対し「日本も韓国も同じです。経済が高い水準に達した時点では、さまざまな人々のさまざまなノウハウを積み重ね進歩していかなければ発展はできません。民主導は必然的、つまり“宿命”ですね」と語り、官主導から民主導への転換の必要性を説いている。

竹中ら外国人からの指南を仰ぐ李明博の投資誘致政策が吉と出るか、凶と出るか。これで韓国市場が活性化し、経済が立ち直ったら、アンチ竹中派の評価も変わるのだろうか。

                               (敬称略)

Blogbanner2人気ブログランキングへ


2008年6月26日 (木)

朝日「素粒子」、含蓄のないコラムは読むにたえない

ことし1月4日から、朝日新聞夕刊の「素粒子」を担当している論説委員、加藤明が大変なバッシングを受けている。宮崎勤らの死刑執行翌日、6月18日のこの記事に関してだ。

 永世死刑執行人 鳩山法相。「自信と責任」に胸を張り、2ヵ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神。

前段の文章を「永世名人 羽生新名人」で始め、「またの名、将棋の神様」で結んだ。名人と神様は、あえて「またの名」というほどのものではない。もともと同義語のように日常的に使っている。

その言語感覚はともかく、続く文章の語呂合わせが無神経だった。「永世死刑執行人 鳩山法相」「またの名、死に神」。

こじつけというほかない表現は、夕刊締め切り前に苦吟する加藤を想像し、思わず笑いを誘うが、「死に神」といわれたほうは、笑い事ではない。

やはり、こういう短いコラムは「粋」でなくちゃならない。「含蓄」に富んでいなくちゃならない。

鳩山の怒りに共鳴して、朝日新聞に非難の声が殺到した。加藤は「素粒子」でこう弁解した。

 鳩山法相の件で千件超の抗議をいただく。「法相は職務を全うしているだけ。」「死に神とはふざけすぎ」との内容でした。 法相の御苦労や、被害者遺族の思いは十分認識しています。 それでも、死刑執行の数の多さをチクリと刺したつもりです風刺コラムはつくづく難しいと思う。法相らを中傷する意図は まったくありません。表現の方法や技量をもっと磨かねば。

チクリと刺すのが、このコラムのねらいというが、ダイレクトに刺している。いかにも、自信と責任を持って死刑執行のゴーサインを出している鳩山はケシカランと言いたげだ。挑戦的ですらある。

加藤は社会部出身である。社会部次長、週刊朝日編集長などをつとめたというから、相当な書き手のはずだ。どうして、あんなに硬直した文章しか書けないのだろうか。

日韓が共催した2002 年のワールドカップ。韓国の快進撃が目を引いた。加藤は週刊朝日の記事で、こう書いた。

 韓国の熱狂と大活躍をたたえる報道が日を追うごとに増えたせいか、インターネットでは、もっと下品な表現で偏見に満ちた「韓国を妬む」言葉が飛び交っていたようです。(中略)政治・経済の閉塞的状況下、日本人の「苛立ち」が、こんないびつな形で噴出しているとしたら、あまりに貧相な感じがします。

もちろん、ネット上で、さまざまな声が飛び交うのは当然なことだろう。しかし、日本人の間に、韓国への妬みとか、偏狭なナショナリズムが広がっていたとはとても思えない。上記の文章は、一部の熱狂的なサポーターのメンタリティを日本人全体の問題としてとらえた、きわめてステレオタイプな内容だ。

新聞記者はよほど気をつけないと画一性の罠にはまる。型の決まった事件原稿の書き方を学ぶことから記者修行が始まるから