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2007年7月11日 (水)

小池百合子の微笑

今の時代の政治家にとって、自分の像をテレビにどう映し、視聴者の心にいかなるイリュージョンをつくり出すかを、意識している人とそうでない人との間には大きな開きが出る。

なみいる政治家の中でそれを常に考え、上手に実行しているのは小泉純一郎と小池百合子くらいであろう。

そして、最もそうした能力が欠乏していると思われる久間章正に代わって、小池百合子が防衛大臣に就任したのは象徴的であり、確かに参院選に向けた対策として有効な一手といえる。

気の早い夕刊紙や雑誌は彼女をポスト安倍の有力候補として急に書きたて始めた。明瞭なトーク、そして落ち着いた物腰でいつも微笑をたたえるチャーミングな新大臣は、表現力に乏しくカラ元気を装っているようにしか見えない安倍首相とは対照的である。

エジプトはカイロのホテル「ラムセス・ヒルトン」。その別館「ラムセス・ヒルトン・アネックス 」に日本料理店がある。名前は「新ヤマト」。和風の店内はいつも在留邦人や日本人観光客でいっぱいだ。

オーナーは小池勇二郎。八十歳をとうに超えたこの人物こそ、小池百合子の父である。僕は数奇な人生をたどった父親との関係が、いまの小池百合子を生み出したとみている。

勇二郎はカイロ在住。海軍中尉、満鉄経理部を経て復員後、ペニシリン販売で成功し、石油会社などを経営。関西経済同友会の幹事をつとめた。ナセルが大統領のころから貿易を通じてエジプトと縁があった。

1969年、リビアのカダフィに短波の聴ける日本製ラジオを大量にプレゼントした。そのころ「青年作家・石原慎太郎を総理に」という運動に参加、総選挙に出馬したが、惜しくも落選した。

それが、小池一家の運命を大きく変える。事業にも陰りが見え始め、やがて行き詰まり、最後に選んだのがカイロへの脱出だった。

百合子は1971年9月、関西学院大学社会学部を中退。一家は芦屋を去り、エジプトに渡る。そして、彼女の特異な経歴を彩るカイロ大学への入学となるのである。

父の挫折がなければ、百合子は芦屋のお嬢様のまま関学を卒業し、お金持ちのボンボンの奥方に納まっていたかもしれない。

あのサダム・フセイン、PLOのアラファト議長らの母校でもあるカイロ大学での生活は毎日が驚きと刺激の連続だったという。10万人の学生が在籍しキャンパスといい教室といい、どこも人であふれていた。

イラクの反政府運動で逮捕されたクルド人の同級生がいた。パレスチナ人の学生はスイス経由でガザの両親に手紙を出していた。

留学中の1973年10月、第4次中東戦争が勃発した。

「戦争慣れしているエジプトの人たちが食料を買いに走る姿を見て、私も近くの店に飛び込みましたが、店の棚に残っていたのはタワシと長靴だけ。仕方なくバラハというナツメヤシの干物で一週間しのぎました。浴槽からコップに至るまで水をため、ガラス窓には青い絵の具を塗り、のりのついた紙をクモの巣のように張り付けました。高射砲の衝撃でガラスが割れる危険があるからです」

父親の栄光と挫折と復活をかたわらで見守り、自らも日本から遠く離れた戦火のアラブ世界で学生生活を送った経験は、彼女の政治への関心と野心を大きく育てていったかもしれない。

ところで、なぜカイロ大学を選んだのかという問いに、彼女は次のように答えている。

「私は会社という組織の中で働くよりも、まず自分の腕に技をつけようと考えました。英語は通常兵器にすぎない、これからの日本にとって必要不可欠な地域はどこかと絞った結果がアラブだったわけです。私は、そういうことを17歳で考えたんですね。10代では何をし、20代では何をするかを。こういう自分の考え方を私は人生マーケティングと言っています」

「人生マーケティング」というキーワードを創り出し、自らの生き方をひと言で表現する。実際にはそんなスマートなことでなく、後付けの理屈かもしれない。しかし政治家の自己PRとしては許される範囲ではないだろうか。

小池百合子の特殊な能力は、これまでの政界の常識では測れない。「クールビズ」を仕掛け、世に流行らし、そのファッションショーで、当時険悪な外交関係にあった中国の王毅駐日大使までモデルとして引っ張り出した。

男というのは所詮、組織人間である。上下で人間関係をみて、それなりに接し方を変える。その点、女性はわりあい人間関係をフラットに見るところがある。カッコ悪いとか良いとかが男を見る判断基準になったりする。どんな地位にある人なのか、概してあまり重要視しない。それは、ある意味女性の強さであり、女性だから許される部分もある。

逆に小池百合子にとって気がかりなのは、土井たか子のように「女性に好かれるタイプ」とは言いにくいことだ。男以上に強い気性を内に秘めながらも、外見的には「なまめかしさ」を漂わせる。それが政治家としてはプラスに働くのかどうか。

小池百合子は就任後の会見で大きな世界地図を壁に貼り付け、それをバックにしてインタビューを受けた。

「次期総理の声も上がってますが」という問いに、「イエイエ」といつもの微笑みをたたえながら手を横に振って見せたが、まんざらでもない様子だった。

次期総裁の最有力候補といわれる麻生太郎も、漫画ファンにばかりアピールしていたのでは心もとない。小池のバックには、劇場型政治のドン、小泉純一郎がいるかもしれないのだ。

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