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2007年8月 3日 (金)

朝青龍と相撲道

相撲は勝負を競うて勝負の上に出で 力と技より進んで道に入る
力士は古来恩義に厚く礼節を尚ぶ とくに師恩友益を尊重する

時津風部屋の稽古場に掲げられている「日本相撲道力士憲章」の額は、双葉山が心の師とした東洋思想家、安岡正篤氏から贈られたものらしい。

相撲が格闘技から「相撲道」になったのはいつのころからなのか、よく分からない。しかし、あの高い人格を兼ね備えた稀代の大横綱、双葉山という存在を抜きにして、現代の相撲に求められる「精神性」は語れないだろう。

よく引用される「木鶏の話」をいま一度。
昭和十四年春場所四日目、69連勝を続けてきた双葉山が安芸の海に敗れた。安岡正篤氏がヨーロッパに向かう船の中で、双葉山からの電報を受け取った。

「イマダモクケイニオヨバズ」

まだ「木鶏」にはなれない、という内容だ。安岡氏の著書「人物を修める」にそのいきさつが書いてある。

一緒に双葉山と飲んだとき安岡氏は「荘子・外編」から闘鶏の好きな王の話をした。

一羽の鶏を名人に預けた王は10日後「もうよいか」と軍鶏としての仕上がりをたずねた。

名人「まだいけません。空威張りしています」。

また10日たってたずねると「まだだめです。相手の姿を見たり声を聞くと興奮します」。

その10日後に聞くと「まだです。相手を見るとにらみつけ、圧倒しようとします」。

そうしてさらに10日たったとき初めて名人はこう言った。

「まあよろしいでしょう。他の鶏の声がしても平生と変わるところがありません。まるで木彫の鶏のようです」

その話に感じ入った双葉山は「木鶏のような力士になりたい」と稽古を重ね69連勝という偉業を成し遂げた。

強さを極めるのは人に勝つことではない。他を圧倒して威張ることではない。勝とうとする欲望と、負ける恐怖から解放され、平常心を保つ。それこそが人間の究極の強さである。

朝青龍は強い、たしかに強い。だからこそ、もっと人間として大きくなってほしい。人格を鍛錬してほしい。それがファンの願いである。

少なくとも、急遽日本に帰され、あからさまな仏頂面で空港の通路を歩くのは、見ていて気持ちのいいものではない。

駐日モンゴル大使館が「日本相撲協会様、横綱朝青龍様に迷惑をお掛けしたことをおわび申し上げます」と早速、謝罪をした。モンゴルの政府が朝青龍の立場を守るためにこんなことまでしてくれている。朝青龍は感謝の気持を忘れてはならない。

「そこは、空と草だけでできあがっている。人影はまばらで、そのくらしは天に棲んでいるとしかおもえない」(司馬遼太郎・草原の記)

物欲に執着せず、大草原を愛し続ける遊牧民の素朴な姿は、日本国民の魂を深く打つ。万が一、おおらかで優しく忍耐強いモンゴルの心を、日本のおカネ社会が壊しているとしたら残念なことだ。

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