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2007年8月30日 (木)

朝青龍が日本に舞い戻る日

朝青龍問題の加熱報道ぶりにはうんざりさせられる。テレビの限られたニュース時間ワクを大きく割くほどのものだろうか。

当ブログ8月3日「朝青龍と相撲道」では、双葉山の「木鶏」の話を中心に、人間の本当の強さは「他を圧倒して威張らず、勝つことに囚われず、木彫りの鶏のように平静でいることだ」と書いた。

どうやら、いまの力士に「双葉山」を求めるのは酷なようだ。レベルを下げて考えないと現実にそぐわない。

モンゴルからやってきた世間知らずの野生児が、稽古に励んで強くなり、何年にもわたって相撲界を支えてきた。そしておカネは面白いように懐に入り始め、故国モンゴルでは英雄として崇められて事業まで始めた。

「俺のおかげでみんな食えてるんだ。なのに、ちょっと巡業をサボっただけでこの仕打ちか。やってられないよ」

誰が見ても明らかな仮病。それでも、相撲界の功労者である自分は特別に許されると思っていた。ところが、モンゴルから彼を呼び戻した日本相撲協会は意外にも厳しい処分を下した。

「それはないだろ」。若い横綱は気分を害した。今度は誰ともしゃべらなくなり、「心の病」と診断された。精神科医、心療内科医であればその診断の怪しさはすぐにわかる。心のCTやMRIはないから、自己申告や態度、表情で適当に病名をつけたのが本当のところだろう。

大横綱、朝青龍を傲慢な気持ちにさせる条件は整っていた。考えてみれば精神的にはまだこどもなのである。「病根」はむしろ日本相撲協会にある。

相撲は興行によって成り立つ。協会は興行主だ。全て、お金の世界なのである。そこが、アマチュアリズムを守っている柔道と一番違うところだ。若貴ブームで相撲人気が最高潮に盛り上がり、相撲部屋経営が大きな利益を生むビジネスになった。協会は莫大な興行収入で潤った。ところが、そこに落とし穴があった。

若貴時代の終焉とともに、相撲人気は凋落の一途をたどり、新弟子に応募する日本の若者は年々減少した。各部屋は、海外に働き手を求めるようになった。国技のグローバル化は一気に加速した。角界を牛耳る日本相撲協会は、収入の確保に躍起になり、力士の心身両面を鍛える指導者の育成を怠った。

朝青龍はそんな時代から生まれたヒーローだった。やむなく協会が認めたモンゴルへの帰国。その機中、朝青龍と師匠の高砂親方には全く会話がなかった。二人の関係の全てを物語っている。高砂親方は、少なくとも朝青龍に慕われる存在にはなりえていない。

野生児は草原に放ち、自由にさせたらいかがだろうか。そのうち、誰からも追いかけられない草原の生活に飽き、自分のこれまでの相撲人生をどれだけ多くの人々が支えてきてくれたかが分かったら、「相撲をとりたい」と日本に再び舞い戻ってくるに違いない。

そのときはちゃんと、記者会見を開いて、力士の本懐を披瀝してもらいたい。

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