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2007年9月20日 (木)

「核をご一緒に」サルコジ vs メルケル「ノー」

わが日本はご近所づきあいが下手である。過去のいきさつもあり、海ひとつ隔てた国々とは何かと揉めごとが絶えない。だから、過去は過去のこととして、仲のいい関係になった隣国どうしというのはうらやましい。

ドイツとフランスは戦前こそ占領国と被占領国だったが、戦後はずっと親しい関係を続けている。いまでは飛翔するEUの強力な両翼エンジンである。

もちろん、近いとはいえ歴史や言語や文化の異なる国どうしだから、当然、考えかたの相違もある。一番の違いは「核」への対処だ。

ドイツの週刊誌シュピーゲルに最近、こんな記事が載った。

フランスのサルコジ大統領が9月10日にドイツを訪問、メルケル首相と昼食をともにしたときのこと、フランスが持っている核兵器の「共同利用」を提案した。ところがメルケル首相は間髪をいれず「ノー」と答えたたという。

二国間で核兵器の共同利用というのはよほど親しい、というか、同じ国くらいの信頼感がないとできない。サルコジ大統領も思い切ったことを言ったものだが、「即座に拒否」というのはいかにも“しっかりもの”、メルケルさんらしい。すがすがしいほど毅然とした態度だ。
 
かつてナチス・ドイツが核兵器の開発を進めていたこともあり、第2次大戦後ドイツでは徹底した反戦・反核教育が行われてきた。だから「ヒロシマ、ナガサキ」は誰でも知っているらしい。この国において核保有論議はタブーのようだ。

一方、フランスは1960年、サハラ砂漠で初の核実験をして以来、核に積極姿勢で原発の数も多い。かつて北朝鮮に核セールスをしたとか、イスラエルの核開発を助けたとか、悪口を言われている。だが、自国の核兵器については、欧州防衛の役割を担うものであり、西ヨーロッパ地域はフランスの抑止力の恩恵にあずかる、と正当化している。

そんなわけで「ドイツも核兵器使用の決定プロセスに加われば、独自に開発しなくても核保有しているのと同じ抑止効果がある」という意味のことをサルコジ大統領が言ったらしい。

フランスは第二次大戦時、ヒトラーのナチスドイツに占領された苦い経験を持つが、ドイツが戦後、ナチス政権の過ちを認め、フランスなど近隣諸国に機会あるごとに謝罪をしてきたがゆえに、きわめて良好な関係を築いている。イラク戦争のさい、独仏両国が米軍の攻撃に足並みをそろえて反対したのも、そういう背景がある。

だから、サルコジ大統領はドイツの事情も知りつつ好意で言っているのだが、メルケル首相はフォーブス誌で「世界で最も力のある女性」に二年連続で選ばれている人である。どこかの首相とは違って怖いものなしだ。彼女の「ノー」には迫力がある。

ところで、唯一の被爆国である日本では、かつてよく使われた「核アレルギー」という言葉をあまり聞かなくなった。原水爆禁止運動も引き続き行われているが、被爆者の高齢化や死去とともに、戦争を知らない世代が多数を占めるようになり、しだいに核爆弾への感受性の鈍化、いわゆる“風化”が進んでいるようだ。

どうやら、ドイツの反核姿勢のほうがよほど徹底しているのではないだろうか。日本の政治家の中からは「わが国も核保有を考えるべきだ」という意見も聞かれるようになった。

いくら北朝鮮が核の脅威をちらつかせているとはいえ、日本までもが核保有をめざすべきではない。ぼくたち日本人はもう一度、被爆国の国民として、世界に果たすべき役割と責務を考え直す必要がありそうだ。

「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ナガサキ」

この言葉はいつまでも、世界に向けて叫び続けねばならない。

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