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2007年10月13日 (土)

黒川紀章、死を覚悟の選挙戦だった

人はやけにあっさり、この世にバイバイするものだ。ついこの間の参院選で奥さんの、若尾文子さんとともに選挙運動をしていた黒川紀章氏が亡くなった。

唐突に東京都知事選に出たときから、不思議だった。長年の盟友、石原都知事の対抗馬として、明らかに勝ち目のない戦いに打って出た。

そして、続けざまの参院選出馬。若尾さんとともに。いや、若尾さんに見守られて、と言ったほうがいいかもしれない。

彼自身が創り出し、いまや普通に使われるようになった「共生」という言葉。その意味するところに未来を託し「共生新党」を旗揚げした。この間、建築家としての仕事も精一杯こなし、命を削り続けた。

ひよっとしたら、近いうちに寿命が尽きるのを覚悟していたのでは。ぼくはそんな思いにとらわれている。

あれだけの名建築を世に残し、いまも世界的に活躍を続け、ふつうなら往年の人気女優だった妻とともにに優雅に余生を過ごすことのできる人だった。

比類なき才能とインテリジェンスに恵まれ尊敬を集める大建築家が、なにも過酷な選挙運動をし、まるでピエロのようにテレビの画面でふるまわなくてもよかったはずだ。

人知れず、彼は悩んでいたのではなかったか。あるいは、夫婦だけが知っている病との闘いがあったかもしれない。そして男として、「いつかは」と夢に描いていたことを、最後にやってみたかったのかもしれない。

参院選では、豪華クルーザーを夢の島マリーナから走らせた。はるかかなたの客船に向かい「観音様!」と叫んで、両手をグルグルまわした。

潮風に吹かれセンチメンタルな表情ものぞかせた。東京湾をながめ渡し「今回は奥さんと一緒だから心強いね」とつぶやいた。

夜の有楽町で、多くの聴衆を前に「私は、日本の文化と芸術を伝える若尾文子という人間にひかれています」と選挙とは関係のない“迷演説”をしてみせた。

妻への愛の告白のつもりであったのかもしれない…と、ここまで書いたところで、若尾さんの談話が入ってきた。病院のベッドでの二人の最後の会話である。

「私、いい奥さんじゃなかったわよね」
「そんなことない。そんなことない。本当に好きだった」

見当違いかもしれないが黒川紀章は二つの選挙を通じ、ある種の「自殺」をしたのだと思う。

自分の死期を知り、世間にも、妻にも、友人にも、彼独特のやりかたで遺言を残し、燃え尽きて逝ったのだ。

                     

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コメント

通りがかりの主婦です。
我が家では新聞も取らずニュースも芸能ニュース専門ですがクレイジーパパさんのブログは分かりやすくてつい見てしまいます。
ありがとうございます。

「黒川紀章、死を覚悟の選挙戦だった」、同感です。
生き方も死に方もさすが共生哲学を掲げる求道者にふさわしい立派な人生です。

これで彼の急死に対し陳腐な弔意を述べる石原慎太郎さんの俗物ぶりが浮き立ってみえ真の勝者がどっちであったか教えられたような気がします。

才子早逝、われら凡愚の輩は長生きして長生きしてそれでも死ななきゃ分からないのです。

なつ さん

励みになるお言葉をちょうだいしました。4月からこのブログをはじめ、ようやく多くの方々に読んでもらえるようになりました。これからもがんばって書き続けたいと思います。

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