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2007年12月29日 (土)

米国とムシャラフの犠牲ではないのか?ブットと民衆

パキスタンのブット元首相が暗殺されたというニュースを聞いた瞬間、ベニグノ・アキノを思い出した。

フィリピンの独裁者、フェルディナンド・マルコス大統領の政敵、アキノが、米国からフィリピンに戻った1983年8月21日。事件はマニラ空港で起きた。

戒厳令下、米国の後ろ盾のもとに国軍を増強し、イメルダ夫人とともに強圧的な政治を続けるマルコスに政治改革と平和的退陣を求めるため、アキノは意を決した。マニラ行きの飛行機には多くの報道陣が同乗した。

飛行機を降りる直前、記者に言った。「必ず何かが起こるから、カメラを回し続けておいてくれ」。それが彼の残した最後の言葉だった。

タラップを降りた直後、彼は頭を撃たれて倒れた。即死だった。犯人とされてその場で射殺された男が撃ったのか、警護に当たっていた兵士たちが関与していたのか、いまだに真相は謎である。

政敵が、亡命先から独裁者の支配する故郷へ帰る。それはとりもなおさず「命をかける」ということだ。ベーナズィール・ブットにその覚悟はあっただろうか。

ブットは1988年と1993年、パキスタン人民党 (PPP) の党首として首相に選出された。その間、二度にわたリ汚職事件などで当時の大統領から解任された。

ムシャラフは1999年10月12日に無血クーデターによって実権を握り、2001年6月20日、大統領になった。彼はパキスタンを近代化するため経済や社会の構造改革に取り組み、進歩的な指導者としてそれなりの評価を得ていた。

汚職容疑による逮捕を逃れて亡命したブットは、ドバイで3人のこどもらと生活しながら、講演活動を続けていた。

この二人を結びつけようと米国が画策したことが事態を急展開させた。大統領選挙と総選挙を控え、ブットとムシャラフは「パワー・シェアリング」(権力分担)についての話し合いを始めた。その背景には、パキスタン国内に反ムシャラフの機運が盛り上がってきたという事情があった。

米国にしてみれば、パキスタンは、アフガニスタンの対テロ戦の最前線であり、安定した基盤を維持しておきたい。ところが、親米のムシャラフ政権は司法への介入や民主化の遅れによる政治的混乱から窮地に陥った。

そのうえ、 タリバンも、アルカイダも弱体化していくどころか、逆に勢力を増し、民衆、そして軍部にも深く浸透し始めた。絶望と貧困と怨嗟のなかで、若者たちが次々とテロリストになっていく状況が続き、赤いモスク「ラル・マスジッド」にイスラム過激派や神学生がろう城し、多数の死傷者を出す事件さえも起きた。

ブットはムシャラフと共闘するにあたって条件をつけた。ムシャラフが陸軍参謀総長を辞任することである。パキスタンは昔から軍の力が異常に強い。その力を背景にしたムシャラフとの連携は、公平なものにはならない。

結局、その話し合いがつかないまま今年10月ブットは故国、パキスタンに帰ってきた。かつてはタリバンを支援したこともあり、汚職にも関与したリーダーだが、国民的人気は衰えていなかった。

熱狂的な歓迎の人波のなかで、自爆テロに襲われたが、ブットは危ういところで難を逃れた。しかし、ブット率いるパキスタン人民党(PPP)の支持者ら約150人が死亡した。

ブットは「私の暗殺を狙っている者が政権内部にいる」と疑念を抱いた。

1月に迫った総選挙を前に、ブットはシャリフ元首相との連携を模索しはじめた。その矢先だった。

27日午後5時、彼女は数千人の群衆を前に演説を終え、ランドクルーザーに乗りこんだ。そして、支持者に手を振るために顔を出したその時、銃弾を首に受け、即死した。軍本部があるパンジャブ州のラワルピンディでの出来事だった。

米政府はアルカイダによる犯行の可能性を示唆しているが、ブット自身が疑ったように、パキスタンの政権内部に黒幕がいるという可能性は否定できない。

先述したアキノ暗殺事件は反マルコスの機運を爆発させ、独裁者夫妻が贅の限りをつくした“マルコス王朝”の崩壊につながった。

ブット暗殺は、今後のパキスタンにどう影響するのだろうか。ブットを守れなかった現政権に対し、怒れる民衆の暴動が各地で相次ぎ、治安の悪化が深刻化しているという。総選挙の実施も危ぶまれている。

パキスタンは世界にテロリストと核兵器をばらまく「破壊マーケット」でもある。アフガニスタン国境沿いの山岳地帯に潜む、アルカイダやタリバンなどイスラム過激派勢力。テロ組織ブランドと化した「アルカイダ」の名のもとに、世界各地でテロ活動が繰り返されている。

「パキスタン核兵器開発の父」カーン博士は2004年初めから核技術の不法密売容疑で自宅に軟禁されているが、ウラン濃縮の遠心分離機を北朝鮮、リビア、イランに売ったとされる。ドバイを本拠とするブラックマーケットはいまも稼動している可能性がある。

軍部に、イスラム原理主義勢力の影響が浸透しつつあるのも懸念材料だ。内部からクーデターや暗殺の動きが起こらないとも限らない。かりにも国際テロ組織と核の闇市場が手を結ぶようなことがあれば、世界の安全にとって、最大の脅威となる。

対テロ戦争を遂行するため、米国はムシャラフ政権を支援し続ける。そしてそのために軍備が増強され、ますます軍政をのさばらせ、民主化が遅れていくのだ。パキスタン人民は、国際的なテロとの戦いという美名のもとに大きな犠牲を強いられている。

                             (敬称略)
 

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» パキスタン:ブット元首相、暗殺 [酒井徹の日々改善]
――独裁批判演説の矢先に―― ■20名死亡、負傷者多数 軍政の続くパキスタンで、 民主化を掲げる「パキスタン人民党」総裁のベナジル=ブット元首相が 27日、暗殺された。 来年1月の総選挙に向け、 「この国は独裁者により踏みにじられてきた」との ムシャラフ現政権への痛烈な批判演説を繰り広げた その15分後、 銃撃と自爆テロとが ブット元首相とその支持者らを襲ったのである(中日新聞12月28日)。 死者は約20名に及び、 多数の負傷者が出ているという(朝日新聞12月28日)。... [続きを読む]

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