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2008年1月22日 (火)

若手政治家、脱藩し決起せよ

解散総選挙、政界再編の大波が迫っている。若手政治家は古い枠から「脱藩」し、大きな志を持って「決起」するときではないのか。

1998年、「政策新人類」と呼ばれる若手政治家が輝いていた時期があった。

その年の7月、自民党は参議院で大敗し、過半数を割った。自民単独政権だったため、衆参ねじれの今と似通った政治状況が生まれた。当時、金融不安が極限に達し、大手銀行に巨額の公的資金が投入されたあと、長銀の経営危機が表面化、その救済をはかるための「金融再生法」が論議の焦点となっていた。

このとき、党利党略を超えて前向きな議論を続けたのが「政策の分かる」若手政治家たちであった。自民党では石原伸晃、塩崎恭久、渡辺喜美ら、民主党には枝野幸男、池田元久らがいた。

彼らは連日、夜遅くまで国会近くのホテルにつめて話し合った。「この部分は民主党案の方がいい」などとホンネを語り、自民政権が実施した大手銀行への公的資金投入を批判した。そして最終的には民主党案を政府・与党に「丸のみ」させ、長銀・日債銀の破綻による混乱を回避した。

政策の分からない自民党のボスたちが官僚に丸投げしてやってきた政策立案と決定のあり方を根底から覆す画期的な出来事だった。「これで日本の政治が変わる」と多くの人たちは思った。ところが、自民党は「ボス政治」を維持するために、自自公連立内閣をつくりあげた。

その仕掛け人もまた、あのナベツネこと読売新聞の渡邊恒雄である。この人は、新聞記者でありながら、長年にわたり中曽根康弘と連携して政治を動かしてきた、といってもいい。「野党案丸のみ」に危機感をおぼえたナベツネは当時の自由党党首、小沢一郎と小渕首相に働きかけ、まずは自自連立を成立させ、衆参ねじれを解消させた。これによって、数と役所頼みの自民党旧来の政策決定システムが温存されることになった。

以来、「政策新人類」の超党派的活動は鳴りをひそめているが、再び、衆参ねじれが生まれ、チャンスがめぐってきた。あれからすでに10年を経て第二、第三世代の「政策新人類」が育っているだろう。政界再編をにらみ彼らが水面下で動いていることは間違いない。
もう、80歳をこえたこの国の大ボスたちが考えるような政治の仕組みに従っているときではない。

おりしも、国民運動組織「せんたく」なるものが結成された。代表の北川正恭早大大学院教授は「国民の意識改革、脱官僚、脱中央集権、地方分権の実現をめざし平成の民権運動を立ち上げる。政治家が真剣に議論をする舞台を提供したい」と趣旨を語り、賛同する国会議員を募っている。

こういう超党派の政治運動に、党のしがらみを超えて参加し、運動を自分たちで育て上げるのも、政治基盤の弱い若手政治家にとって「ボス政治」から独立する方策の一つではないだろうか。

「せんたく」の名称は、「日本を今一度せんたくいたし申候」という文面を残した坂本龍馬を意識しているという。龍馬のように、既成政治のワクから「脱藩」し、新しい日本をつくってもらいたい。

                            (敬称略)

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