清家篤は公務員改革事務局長に適任か
「死に至る病にかかっている」と堺屋太一が“診断”する日本の官僚機構。その病を治す処方箋、国家公務員制度改革基本法が成立し、渡辺行革相の目から喜びの涙があふれ出たのは記憶に新しい。
渡辺はこの法律にもとづいて制度設計をになう改革推進本部を7月に設置するため、事務局スタッフを「公募」するよう首相に提案した。ところが、町村官房長官ら政府内部から猛烈な反対の声が上がった。
渡辺の主張はこうだ。「推進本部の人事が役人中心では、制度が骨抜きになる。事務局長も、次長や一般職員も、官界、民間を問わず、改革マインドを持った応募者の中から適材を人選すべきだ」
24日朝、渡辺は福田首相に直談判したが、受け入れられなかった。首相は「国の根幹にかかわることだから、それなりの方が制度を考えることが必要」と、公募論を一蹴した。
そして、事務局長に慶大商学部教授、清家篤をあてる人事案が浮上した。朝日の25日朝刊によると、その方針で固まったという。
清家篤といえば、労働経済学が専門で、1989年以来、各省のさまざまな審議会のメンバーをつとめている。一般論として、官僚は自分の省庁に都合のいい意見を期待して審議会メンバーを人選する傾向がある。学者は審議会活動を通じて官僚や政治家との人的ネットワークを構築し、国家の重要情報にアクセスするとともに、自らのゼミの学生らの就職にも役立てる。
清家がそうしたいわゆる「御用学者」といえるかどうかは、付き合いがないから軽々しくは言えない。しかし、ここに官僚組織に関する清家の考え方を示す資料があるので、紹介しておきたい。昨年9月24日付日経の記事である。
官僚批判の風潮はおかしいと思いますか、という質問に対する清家の答え。
「行き過ぎがあるのではないでしょうか。例えば、縦割りの弊害をなくすため、各役所が独自に人材を採用するのではなく、内閣で一括採用しようという話がありますが、おかしなことです。自分はこの仕事をしたいという強いこだわりを持った人たちこそ、その分野での能力を磨けます。どの官庁でもいいからといった人では、国民が困るのではないでしょうか」
これはまさに、人事を一元管理する内閣人事局そのものを否定する考え方だ。内閣人事局は縦割り行政の悪弊を断つ公務員制度改革の柱である。
もし、清家のこの考えに変化がないとすれば、渡辺行革相にとって最も厄介な人物が事務局長におさまることになる。
それにしても、誰の推挙か知らぬが、清家を事務局長にというのは、官僚の狡猾さをあらためて見せつけられた思いがする。民間からの登用という見せかけにごまかされないようにしたい。
(敬称略)


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